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ブログ自体は
気になってならない」で
更新をつづけております。

2006年11月30日

鳥インフルエンザ

インドネシアでたてつづけにH5N1型の鳥インフルエンザで死亡者がでたり、「福建類似型H5N1」という変種や、韓国での鳥インフルエンザでH5N1型ウイルスが確認されたことをうけて、さかんに報道がなされています。おとといにも インドネシアで H5N1型の鳥インフルエンザによって ひとりのご婦人がなくなっています。

その一連の報道で使用されているコトバが「鳥インフル」です。

原語は「bird influenza」で、省略語は「bird flu」。どうして「鳥フルー」ではないのでしょうか。

「バード デー」「バード ウィーク」ということばづかいをするなら、「バード フルー」で いいのではないのか と おもっております。(よかないがね)

いつから「インフルエンザ」の省略語が「インフル」になったのでしょうね。「インフレーション」が「インフレ」なので、同様の省略法によって、「インフルエンザ」が「インフル」になったのだろうと推測できます。

「flu」は新語ではありませんが、「インフル」は新語ですね。


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2006年11月29日

青田買い

「青田刈り」が広辞苑に掲載されているということをきいて各種辞書にあたってみました。

青田を刈ってどうしようというのでしょうか。つかいものにはなりませんよ。まだ稲のあおいうちに購入してしまうのならわかりますがね。もちろん、充分にみのってから かりとるわけです。

日本語大辞典、大辞林には掲載されておりました。新明解国語辞典には、「青田買い」のところに[誤って「青田刈り」とも言う]とかかれておりました。新明解は、いつもこのように はっきりと かくわけではない ところが おしい、とおもっています。

広辞苑第1版第2版には「青田刈り」はおろか「青田買い」も掲載されておりませんでした。新規学卒者のとりあいが はじまってからできたコトバだということでしょう。

掲載されていたのは「青田掻(あおたかき)」(青田の草を取ること)、「青田差押(あおたさしおさえ)」、「青田売買(あおたばいばい)」(稲の成熟前に収穫高を見越してあらかじめ産米を売買すること)、「青田褒(あおたほめ)」の4語でした。「青田買い」は「青田売買」からの転でしょう。


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2006年11月28日

年中

「年中行事」「年がら年中」「年中ひまなし」「年中組」

この「年中」をどのように およみに なられて いるでしょうか。

大多数のかたは正解ですね。

「ねんじゅう ぎょうじ」「ねんがら ねんじゅう」「ねんじゅう ひまなし」「ねんちゅう ぐみ」

「年中組」だけが「ねんちゅう」なのですね。比較的あたらしいことばです。幼稚園や保育園で、2年保育で年長組と年少組であったのが、3年保育になって年中組がくわわったのでした。

「年中行事」が「ねんちゅう ぎょうじ」とよまれていることと関係があるのかもしれません。

新年のごあいさつ、旧年中はお世話になり、は「きゅうねん ちゅう」ですね。

いずれ、「ねんじゅう」は老人語とされることでしょう。


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2006年11月27日

あそんでいる見出し (1)

すこしまえからメモしておりました「あそんでいる見出し」が、わたしのすきな数字、11本になりましたので、ブログにのこしておきます。見出しには著作権はないそうですので、出典は、各新聞社、各サイトの名誉のこともあり、表記しないでおくことにしますが、苦情のもうしいれがございましたら個別に明記することにいたします。

●朝青龍は“肉い” 無敗キープ

●京香落語挑戦!なぞかけシーンでシーン…

●「一番ノリ」めざし、有明海でノリの摘み取り
  ──一番ノリは高値でとりひきされる
    のだそうです

●チェコ予選敗退危機…ガーナ甘くなかった

●バイバイ甲子園!新庄 三振締め

●共同浴場「熱すぎる」と観光客から苦情
 地元住民と好みに温度差? 

●直訴“みの”った!報ステ出演
  ──みのもんたの報道ステーション出演のことです

●養蜂業者 ひと刺し
  ──蜂蜜とりにつかうニセアカシヤが
    外来生物種として伐採がすすめられている
    というニュース

●臨時棋士総会で毎日案を否決、名人戦主催は朝日の「金」で詰み!

●案山子村:お目見え、かかしも“稲バウアー”
  ──長崎県五島の水田風景

●ご褒美目当てにトンでます!3匹の子ブタ
  ──競豚の記事


⇒ あそんでいる見出し (5)
⇒ あそんでいる見出し (4)
⇒ あそんでいる見出し (3)
⇒ あそんでいる見出し (2)


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2006年11月26日

有休

年次有給休暇。労働基準法では、1年間の所定労働日数の8割以上を労働したものには有給休暇を与えなければならないとされております。1日未満に分割して与えることもできないものだそうです。

「有給」の「有」と「休暇」の「休」をとって「有休」と略しますが、これを「有給」と書いている文書をしばしばみかけます。

手書きの文書にもみられますので、変換ミスではないでしょう。

「有給」申請した? ──耳できいて意味はわかりますが、文字にしますと、有給のなにを申請したときいているのか わかりません。「有給休暇」だから「有給」と おもいこんでしまっているのでしょうね。


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2006年11月25日

あるアナウンサーのアクセント

ア   ブ  キ  ヒ    マ 
 ノドン リガ キニ ンシテイ ス
(あの丼が危機に瀕しています)

アクセントを表示してみました。うえの行は高音で、したの行は低音です。

NHKから民放にうつり、いまはその番組から はなれてしまった女性の発言です。

こういうことは めずらしいことなのでしょうが、NHKできたえられたはずのアクセントはどこにいってしまったのでしょうか。郷里のアクセントなのですかね。

地方の民放ラジオだと、うれしいことに、地元のアクセントで放送している番組がおおいですね。地方にいったときの たのしみのひとつに なっております。


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2006年11月24日

職人かたぎ

「職人キシツで、いいですねえ」

テレビできいたことばです。

ここは、やはり「職人カタギ」といっていただきたいところです。「世間子息気質」や「世間手代気質」などの江戸時代の「気質物」をキシツモノとよむのも勘弁してほしいですね。気質をキシツとよむのは循環型気質や分裂型気質、粘着型気質、外向気質、内向気質といったクレッチマーやユングの性質分類のときなどにしていただきたいですねえ。

「かたぎ」という日本語に「気質」という輸入文字をあてたことに原因があるのでしょう。むかしはいざしらず、現代のわたしたちが書くときには「職人かたぎ」とカナガキするのがいいのではないでしょうか。


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2006年11月23日

立冬

ことしは、旧暦では閏年(うるうどし)でした。うるう月がありました。7月が2回あったのです。夏から冬にかけての季節感がずれていたのは、このあたりにも関係がありそうです。ことしの立冬は今月7日23時でした。

ラジオ番組のパーソナリティーの発言です。

「暦のうえでは いよいよ あしたから 立冬になります」

あしたから立冬、ではありません。あしたが立冬なのですよ。あしたから冬なのですよ。


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2006年11月22日

まくる・まくれる

「めくる」というコトバがあります。また、「めくれる」というコトバもあります。自然につかいわけていますが、なぜなのかといわれると説明にこまります。他動詞と自動詞のちがいをうまく説明できればいいのですがね。なお、これらのコトバは「まくる」「まくれる」がなまったものだそうです。

ニュース番組で採集したコトバにこういうものがあります。

(強風で)「屋根がめくりあがり、……」

耳にした途端に気色わるさを感じました。

直後、アナウンサーが女性にかわり、

「被害をのこしました」

ダブルパンチです。(笑)


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2006年11月21日

一糸乱れぬ

東京国際女子マラソンに第1回大会から出場していて最多出場記録をもつ松田千枝さんが今回も出場なさっておられました。その58歳のマラソンランナー松田千枝選手の走りを評して、中継レポーターをつとめていた男性アナウンサーがいっておりました。
一糸乱れぬ走りかた
と。

「一糸みだれぬ」は団体の行動に対して使われるものでしょう。ひとりの人間の走りかたが安定している様子をいうものではないのですがね。

それとも、足のはこびが安定しているところから「一肢みだれぬ」のつもりだったのでしょうかね。


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2006年11月20日

クマ出没

最近、ひとの居住する地域にクマがあらわれることが、たびたび報道されています。ドングリがすくなくなっているということが関係しているのではないかともいわれております。

ドアをあけたらクマがとびこんできた。このできごとをつたえる記事の見出しが「工場のドア開けたら…クマ出没!」。

デスクがつけたのか整理でつけたのかは しりませんが、「原稿をボツにする」の「ボツ」の意味はしっていても、おなじ字をかく「出没」の「没」の意味をしらないとみえます。

ラジオ・テレビでも耳にすることがあります。住宅街にクマが突然あらわれて大捕物がはじまった、というときに出没ということばが使われているのです。

クマがあらわれてゴミ箱をあさることが頻々と発生している、といったような状況でしたら「出没」が適当でしょうが、このケースでは、出現した、といっていただきたいものです。

「出没」は、姿をみせたり姿をけしたりしているときに使用してほしいですね。


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2006年11月19日

〜してもらってもいいですか

「手伝ってもらっていいですか」

おさない子を事故車から救出して抱きかかえている救急隊員が、もう一度事故現場の車にとってかえすために、その子を手わたそうと、取材中の記者にかけていたことばです。ニュース番組で採集しました。

〜してもらっていいですか

こういういいかたを、最近、とみに 耳に する ように なりました。

AとBが話していて、Aが Cに てつだって もらう ことの 許可を Bに もとめて いる ように きこえ ます。

つぎのはテレビのバラエティー番組で採集したコトバです。わかい漫才師がひとの家をアポイントメントなしに訪問して、撮影の都合があるので、玄関先からかけていたコトバです。

「○○興業の△△なんですけども、出てきてもらってもいいですか」
「顔だしてもらってもいいですか」

なんとも無礼な いいぐさです。「無礼者!」と どなりつけてやっても、本人は、どうしてそのようにいわれるのか、わからないでしょうね。


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2006年11月12日

おしらせ

ご愛読ありがとうございます。

以前にも経験しているのですが、Air-Edge の電波がなく、いわゆるグレ電もない地域に出張しますと、ネットに接続できなくなり、情報は新聞、ラジオ、テレビからしか入手できなくなってしまいます。そういう地域はコンビニも極端にすくないのです。はなはだしきはコンビニがないという地域もありました。新聞すらも購入できないことになります。

このたび、グレ電もなく、Air-Edge も届かないところに出張することになりました。すくなくとも1週間はネットに接続できないことになります。その間、当ブログの更新は休止せざるをえません。

もし、状況がかわっていて通信ができるようであれば、更新したいと思っているのですが、どうなるかはわかりません。

復帰いたしましたら、また、ご訪問していただきますよう、おねがいいたします。
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2006年11月11日

時代劇とコトバ

映画やテレビの時代劇で使用されるコトバを舞台になっている時代のコトバにするとわれわれは理解できないでしょうねえ。江戸時代といっても2世紀半もありますので、前期と後期ではちがっていたようですし、平安時代、鎌倉時代、室町時代、それぞれことなっている面があったようです。

また、のこっている文献から過去のことばづかいをチェックしましても、それらがすべて その時代のただしいコトバづかいを あらわしているとは いえません。まちがった用法で記述されているのかもしれないからです。

「東海道中膝栗毛」に このように かいてあった、「徒然草」には このような記述がある、「源氏物語」では こうなっている、「万葉集」に こういう うた がある、といっても、それが まちがいでない とは いえないのですから。大量の使用例があって、はじめて、そうだ、といえるでしょう。

現在かかれている文章がすべてただしく書かれているわけではないことをみても わかることです。未来において、現代のことばづかいを調査していて、当時の総理大臣小泉純一郎が国会で「たしさいさい」といっていた、したがって、平成の時代には「多士済々」は「たしさいさい」と発音されていた、ときめつけるのとおなじことです。

毎年なされている文化庁の「国語に関する世論調査」をみていますと、ただしい表現がかならずしも多数派でないこともありますから、判断がむずかしいですね。

こういうことから、時代劇のことばづかいは、現代語を基本とし、“歴史もの”っぽさをふりかけて できあがっているものと判断できます。


テレビ時代劇「太閤記」での「もうす」というコトバのつかわれかたのことで8日に投稿いたしました「敬語[いう]」について、「申す」という語は謙譲語ではない、というご指摘がございました。“ぷよる”さんがおっしゃるのは、
時代劇で「申される」が使われるのは間違っていません。その時代は「申す」は謙譲の意味はなく、「言う」の丁寧な述べ方だったのです。
時代劇では昔から使われていますし、私も含めて古い人間は「この時代はそういう言葉づかいだった」と知りつつ見ていたと思います。
ということでした。

たしかに、「もうす」は丁寧語としても使用されていたようです。

広辞苑第1版と第2版では記述がかわっておりますが、内容は同様です。引用します。

広辞苑第1版
(1) 政をとり行って仕える。政事を執奏する。
  万五「万代に坐したまひて天下(あめのした)まをしたまはね朝廷(みかど)去らずて」
(2) お仕えする。
  万 十八「堀江よりみをびきしつつ御船さすしづをのともは河の瀬まをせ」
(3) 請う。願う。
  万 二十「つつみ無く妻は待たせと住吉の我皇神(すめがみ)に幣奉り祈りまをして」
  源 松風「故民部の大輔の君にまをし賜りて」
  平家「常は暇をまをししかども賜はらざりければ」
(4) 「言う」「告げる」の謙譲語。
  万 二十「旅ゆきに行くと知らずて母父(あもしし)に言まをさずて今ぞ悔しけ」
  日葡辞書「ソナタサマヘマウス」
(5) 貴人に対して行い奉る。
  日葡辞書「レイヲマウス」「ブサタマウス」
(6) 招待する。招く。
  日葡辞書「ヒトニメシ(飯)ナンドヲマウス」
(7) 「言う」の敬語。
  弁天娘女男白浪「よい折故に、これまでの不奉公の段々をまをし聞かして」
(8) 「…という名である」の敬語。
  徒然草「若し此御中にいろをし坊とまをすぼろやおはします」
  徒然草「しら梵字とまをす者也」
  浮世風呂 三「あれは半四郎鹿子とまをすよ」
《補助動詞》動詞に添えて謙譲の意をあらわす。
  万五「あま飛ぶや鳥にもがもや都まで送りまをして飛びかへるもの」

なお、広辞苑第1版では、「敬語」と言うのは、尊敬語、謙譲語、丁寧語としていますが、丁寧・親愛・軽侮の表現も広義では敬語としているので、「敬語」とかかれているからといって「尊敬語」とはかぎりません。このことは、例文をみればわかります。

広辞苑第2版
(マウスの転)目上の者などに実情を打ちあける意。
(1) 「言う」「告げる」の謙譲語。
  仁徳紀「山城の筒城の宮に物まをす」
  万 二十(1版の(4)とおなじ)
(2) 請う。願う。所望する。
  万 二十(1版の(3)とおなじ)
  平家 一「兼雅卿も所望あり…新大納言成親卿もひらに−・されけり」
(3) 政をとり行なって仕える。政事を執奏する。
  万五「万代に坐したまひて天の下まをしたまはね朝廷(みかど)去らずて」
(4) 「…という名である」の尊敬語。
  竹取「かの寮(つかさ)の官人くらつまろと−・す翁」
  徒然草「若し此御中にいろをし坊とー・すぼろやおはします」
(5) 貴人に対して行い奉る。
  伽、唐糸草子「何とてもとすけは風呂の奉行はー・さぬぞ」
  日葡辞書(1版の(5)とおなじ)
(6) 招待する。招く。
  日葡辞書(1版の(6)とおなじ)
(7) 「言う」を丁寧にいう語。
  伎、青砥稿「よい折故に、これまでの不奉公の段々をー・し聞かして」
(8) 動詞の連用形に添えて謙譲の意をあらわす。
  万五「あま飛ぶや鳥にもがもや都まで送りまをして飛びかへるもの」「お話しー・しあげる」

第1版と第2版とでは説明の順序がかわっております。

「よい折故に、これまでの不奉公の段々をまをし聞かして」が丁寧にいっていることばづかいとはおもわれないのですが、江戸時代はそういうものだったのでしょうか。ほかにも疑問点があります。「若し此御中にいろをし坊とまをすぼろやおはします」は尊敬表現ではなく丁寧表現だとおもえます。

いずれにしても、「もうす」という語は、謙譲表現にも丁寧表現にも使用せられていたようです。丁寧に発言することは(美化語をのぞく)コシをひくくしていることでもありますので、自身を卑下した表現とは にかよったところがあります。この区別自体、外国人に日本語をおしえるときには便利ですが、科学的なものではありませんし、どうでもいいことです。


さきほど、時代劇のことばづかいは、現代語を基本として、“歴史もの”っぽさをふりかけて できあがっているものと おもわれます、と かきました。当時のことばを使用すると、現代人には理解できない事態も容易にかんがえられます。

時代劇では、えがかれる風俗が、作品の制作年代によってちがってきています。たとえば、男性のまげです。むかしの映画では、月代{さかやき}の面積が、いまのものよりも ひろいことがわかります。「北斎漫画」にえがかれている人物をみますと、月代はひろいのです。月代がひろいのは格好がわるいと感じたのでせまくしたのかもしれません。

また、最近の映画・テレビで鉄漿{かね}をいれているのをみることはありません。いわゆる“おはぐろ”です。タケシ主演で都筑道夫の「なめくじ長屋捕物さわぎ」がテレビドラマになりましたが、このシリーズに鉄漿がきめてになる1編がありまして、これは映画・テレビではとりあげられないだろうな、とおもったことがあります。最近の映画だったとおもうのですが、鉄漿をいれておりました。めずらしいな、とおもいました。庶民が毎日鉄漿をいれなおすとはかんがえられません。はげちょろけの鉄漿であったことでしょう。

頭髪にしても、毎日毎日かみゆい(髪結い)をたのむことはできません。きちんとしていること自体がつくりものです。

むかしの日本人はチビでした。ところが、城郭の天守閣などにはいらせてもらいますと、階段の一段の段差がおおきいことがわかります。階段をあがるのは簡単ではなかったでしょうね。いまの日本人は身長がのびています。畳のうえにたつと、かもい(鴨居)にあたまがあたりそうです。当時の雰囲気をだすためには、セットをおおきめに製作しなければならないでしょうが、実際の建物でのロケシーンとの整合性がとれなくなってしまいます。

ウマにしましても、当時のウマはサラブレッドのようにおおきなウマではありませんでしたが、当時のウマを入手するわけにはいきません。

つまりは、映画もテレビも虚構なのです。そういうものだとおもって、われわれは、みているのです。ことばだけが例外ではありません。

コトバにしても、風俗と同様、時代劇用の使用法をあみだしたと推測できます。現代人に通じるようにするためには、現代語をベースにしなければなりません。そこに“時代ものらしさ”をスパイスとして いれているわけです。


なお、誤解をふせぐため、11月8日の記事には語を付加して、「信長のようなひとが謙譲語を使用するとはおもえません」を「信長のようなひとが謙譲表現・丁寧表現をするとはおもえません」に修正しておきます。
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2006年11月10日

いれずみ

腕のまわり、手首にちかいところに黒い太い線をいれる、これは、むかしの刑罰のひとつである「いれずみ(入墨)」です。時代劇映画にでてくる「入墨者」というのは、入墨の刑罰をうけたもの、前科者ということです。

東京の したまちの まつりでは しめこみ一丁の若い衆{わかいし}が、なかには むかしの わかいしもおられますが、みずからの肌をキャンバスにした絵をみせてくれます。あれは「ほりもの」であって「いれずみ」ではありません。刺青とかかれることもありますが、口頭では「ほりもの」です。「がまん」といわれることもあります。立派な「ほりもの」の完成までには熱をだすこともあるそうで、痛さをこらえたというところから「がまん」という ことばが うまれたようです。鳶の頭{とび の かしら}山口政五郎氏の「とんびの独言」にも、「いれずみ」ではないよ、「ほりもの」といってくれ、ということは 書かれておりました。

歌手の浜崎あゆみが「ほりもの」をいれたと報道されました。あゆ 初タトゥー入れちゃった…〉(iza!)記事では、「ほりもの」という語を使用していません。「タトゥー」という語を使っております。浜崎あゆみの右肩にユニコーンをいれた「彫り師」のことを「本物の入れ墨彫り師」とかいております。書きかたに こまった様子が推測できます。機械ぼりでは なかったということでしょうね。

手でほる「ほりもの」は、ふかいところまで針をさしてスミを注入しますので、消そうとしても簡単に消せるものではないようです。機械で簡単に、短時間でいれられるタトゥーは浅いものとききました。

サウナにいきますと、「入れ墨のひとお断り」のポスターがはられているのをみることがあります。いまどき、いれずみ をいれたひとなんかいませんよ。これは「ほりもの」だよ、といわれたらどう対応するつもりでしょうか。

銭湯でも みることがあります。なかには、スジぼり段階のものもあり、おかねがつづかなくなったのか、我慢できなくなったのか、いれている途中なのかは知ることはできませんが、ながめることはできます。途中段階のものはうつくしくはないですね。

さきにかいた「とんびの独言」には、鳶に「ほりもの」は つきものだ とかいてあります。江戸のむかしから臥煙{がえん}と「がまん」はセットのような感があります。


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2006年11月09日

いちじつ

「ついたち」とは月の第1日目のことです。これを、気色わるい いいかたなのですが、「いちじつ」ともいいます。「十年一日のごとし」とか「一日の長」とか「一日の計は朝にあり」(「朝」は「あした」と読んでね)というときは どうということはないのですがね。

某テレビ局の女性アナウンサーが「いちがつ いちじつ」といっているのをクイズ番組できいたのですが、どうして普通に「いちがつ ついたち」といわないのでしょうか。「来月一日」を「らいげつ いちじつ」といっているのを聞くと、本当に、気色わるさを感じます。

もっと気色がわるいのが「いっぴ」といういいかたです。「8月1日」を「はちがつ いっぴ」というくせに、「2日」を「にひ」とか、「3日」を「さんぴ」とはいわないようです。

どこから「いっぴ」といういいかたが でてきたのでしょうか。「ついたち」ということばは発音しにくいのでしょうかねえ。

まだ、辞書ではみとめていないようですが、拡散しないことを願っております。


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2006年11月08日

敬語[いう]

昨夜たまたまテレビ番組の「太閤記」をみてしまいました。気になったのは、信長の家来たちが信長の発言をつたえている全部の場面で、「お館さまがそう申されたのですか」とか「お館さまが申されたのじゃ」とか、「もうされた」といっていたことです。「おおせになられた」と、どうしてシナリオにかかないのでしょう。

「おやかたさまは、どうして、そういうことをおっしゃるのじゃ」という藤吉郎のセリフがラストシーンのタイトルバックにながれました。これが唯一の例外でした。

時代劇にかぎらず、現代劇においてでも、きちんと敬語を使用していることがマレであるのは知っておりましたが、これは、現代の日常生活においてのまちがった用語法がそのままドラマに反映されたものでしょう。

おおくのひとがシナリオをよんでいるはずですが、だれも指摘しなかったのですね。それだけ、この用法が浸透しているということでしょう。


逆に、信長が「わしの申したことがわからんか!」と発言するのはどうでしょうか。信長のようなひとが謙譲表現・丁寧表現をするとはおもえません。普通に、「わしのいうことがわからんか!」「わしのかたることがわからんか!」でいいのでしょうね。

【関連記事】
「時代劇とコトバ」


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2006年11月07日

誤字は誤字、と明確にしようよ

日本語大辞典は、「年齢」の項に《俗に「年令」とも書く》としるしておりますが、「令」の項に書かれているのは「いいつけ」だとか「おきて」だとか「長官」などだけで、「よわい」という意味はかかれてはおりません。「俗に書かれる『年令』はまちがい」と書いておくべきでしょう。辞書で認められているから、と拡散を助長することになります。

この日本語大辞典、いいところもあるのですが、こういう点はだらしない辞書です。

広辞苑も全幅に信頼をよせるにたる辞書ではないのですが、……と書いてきまして、おもいだしました。「全幅に」の「幅」のことです。

広辞苑第1版第2版には「はば」の見出しのもとに「幅・巾」と両方が併記されています。「巾」に「はば」の意味を認めてしまっているのです。ところが、「きん」の見出しのもとの「巾」には「はば」の意味は一切書かれておりません。

日本語大辞典にも「はば」の見出しのもとに「幅」と「巾」が記載されています。「きん」の見出しのもとの「巾」には「はば」の読みは記載されておりませんが、意味のところに「ぬのきれ」とか「かぶるもの」のつぎに「はば。幅」と書かれているのです。

新明解国語辞典では、「はば」の見出しのもとには「幅」だけで「巾」は記載されておりません。そして、意味の末尾に「一般に使用されている『巾』は俗用の略字」と書かれています。

また、大辞林電子版には、「はば」には「幅」しか記載されておりません。そして、「〔「幅」の略字として俗に「巾」とも書く〕」と書かれております。

こういうことですと、「働」を「人偏に力」と書く略字も、ひろく使用せられておりますので、認めなければなりませんし、年齢をあらわす「歳」を容積や面積の単位であり才能をいう「才」としていることも認めなければなりません。

ちなみに、「才」については、広辞苑第1版第2版は「歳」の意味を認めておりませんし、新明解は「俗に、年齢の『歳』の代用字」としております。日本語大辞典では「略式に、歳の代わりに用いる」としています。大辞林電子版では「俗に年齢を数える『歳』の代わりに用いられる」となっています。いずれにしても広辞苑第1版第2版以外は(第5版がどうなっているのかはしりません)俗用として使用されていることをいっており、私的なメモに使用されていることを認めています。公式書類には書かないようにしなければなりません。したがって、役所の様式書面に「才」とあれば身体の容積を才数で書きこむことになりますよ、わらいましょう。

コトバによって、各辞書の対応がちがっていますので、どの辞書がいいとか、どれがわるいとか、いえるものではありませんが、いやしくも名のとおった辞書であるなら、誤用は誤用、あるいは、もとは誤用、とはっきり書いていただきたいものです。


ついでに書いておきます。業界用字法として使われている文字でおもしろいのは仏教用語です。土篇に犬([土犬])と書いて地獄、草冠を上下2段に書いて菩薩、と読むということを教えてもらったことがあります。あまりにおもしろいので記憶しております。授業で頻繁にでてくる画数の多い漢字ですので略字がつくられたということです。


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2006年11月06日

コウズマおおし

かわったもの、かわったことが おすきなこと、これを好事ともうしましてな。世の中には、そういう、かわったことにご興味をおしめしになる モノズキな おかたがおられます。かくいう あたくしも、その末端につらなっているわけでございましてな。われわれ、モノズキな人間のことを「好事家」ともうしますが、これを「こうじ」「こうじか」とおっしゃるかたが結構いらっしゃいます。

「こうじ」ともうしますのは、よいこと、めでたいこと、よいおこない、のことでございましてな。この場合には「コウズ」「コウズカ」といって いただきとう存じます。むかし、愛媛県の松山で「ナモシとナメシはちがうぞなもし」と生徒にいわれて、はらをたてた教師がいらっしゃいましたが、「コウズ」と「コウジ」も ちがうのでございます。

こまったことに、おなじ文字でございますので、混同なさるかたが、これまた結構いらっしゃいましてな。その混同が別のことばにまで影響をおよぼしていることも発生しておるのでございます。

「好事魔多し」。いいことには邪魔がはいりやすい、ということをいっているのでございますが、これを、あるラジオのパーソナリティーは、
これを、「コウズマ、おおし」というひとがいますが、コウズマというのは なんなんですか。コウズマということばはありません。これは、「コウズ」で きるのです。「コウズ、マ、おおし」といわなければなりません。
と、「コウズ」を連発して説明しておられました。有名なかたですので、おおくの聴取者はまちがったことをおぼえたことでございましょう。

みなさまがた ご存じのように、これは「コウジ マ おおし」でございます。コウジがつかわれていることばに、「好事もなきにしかず」や「好事、門をいでず」がありますが、どちらもプラスのイメージをもつ ことばでは ないようですな。

好事と好事、中国文字ですと、どうにも区別がつきませぬ。


【参考】
好事もなきにしかず
人生は無事な方がよい。好事だといったとて、あれば 煩わしいから、ないほうがよい。
好事、門をいでず
よい おこないは、とかく 世間につたわりにくいものよ。



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2006年11月05日

日齢

BSE問題にからんでウシの「月齢制限」ということがいわれています。アメリカでは、いまの月齢20カ月以下という制限を撤廃するよう日本にもとめることにしたそうです。

この「月齢」というコトバ、もともとは、地球の衛星である月の変化をあらわすコトバでした。三日月というのは旧暦3日の月、新月を1として それから3日目の月のことですし、満月は十五夜というコトバでわかるように旧暦15日、新月から15日目の月です。月齢の単位は日なのです。

赤子の年齢をきいたとき、0歳児というコトバがありますが、0歳です、とはいいません。◯カ月です、と親はこたえます。単位は月です。

ウシに使われている単位は月です。この場合の「月」は単位が月であるというだけで、「月齢」とはちがいます。

「月齢」を辞書にあたってみました。広辞苑の第1版、第2版には月のことだけしか掲載されておりません。日本語大辞典の時代になって、1歳未満の赤子のうまれてからの月数のことにまで意味がひろげられております。新明解国語辞典には、あたらしいだけに、0歳児の月数を意味すると書かれております。単位が「月」であるのに「年」齢はおかしいのではないのか、とおもったかたがたが使用しはじめたのでしょうね。

「年齢」につきましては、広辞苑第1版、第2版では《人が生まれてから現在までの経過期間を年または年月日によって数えたもの》としていますが、日本語大辞典では《生まれてからの経過年数》、新明解国語辞典では《その人が生まれてからの年数》としており、「年」だけで「月日」はなくなっております。日本語大辞典は“しだらない”面のある辞書ですが、新明解までもが、とはおどろきです。

月の新月からの日数のことを月齢というのはおかしい、「日齢」というべきだ、と、いいだされかねません。


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2006年11月04日

ラジオ ネーム や ハンドル ネーム

ラジオをきいておりますと、聴取者からの投稿を放送していることがあります。ラジオ番組への投稿といいますと、以前はハガキにきまっていたようなものでしたが、いまでは、ハガキにくわえてファクスやメールでもなされております。ケータイからのメールによる投稿も案外おおいような印象です。

投稿の放送時、投稿者のなまえを「ラジオ ネーム◯◯」といって紹介しています。匿名希望者にはなまえは放送されませんので、ラジオ ネームなるものは投稿者がかきこんでいるものでしょう。

これはペンネームからの発想だとおもいます。作家がつかっている「ペンネーム」、自身は作家ではない、ラジオに投稿しているだけだ、だから「ラジオ ネーム」だ──ということなのではないでしょうか。

PEN ということばを筆記具のペンだと勘ちがいしているのですね。「PEN」というのは「International Association of Poets, Playwrights, Editors, Essayists, and Novelists」のことなのですがね。

また、ネットでよくつかわれるのが「ハンドル ネーム」ということばです。「handle」のこの場合の意味は「the name of a person or place」ですから「ネーム」が重複しています。「ハンドル」だけでいいのです。

「ピン番号」ということばをネット上の会員制サイトでみることがあります。「PIN 番号」ということです。「PIN」は「personal identification number」ですので、「身分証明番号番号」「個人識別番号番号」ということになります。「番号」が重複しています。国際連合をUN連合といっているようなものです。

余分なことばをつけなければ、おちつかないのでしょうかねえ。


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2006年11月03日

1行1字のたてがき

お年玉つき年賀はがきが1日にうりだされました。

「お年玉付 年賀はがき 本日売発!」

このような表示のまえで記念式典がもよおされたということです。
→ ──iza!──〈年賀はがき「売発」!? 大阪中央郵便局でハプニング〉
→ ──asahi.com──〈年賀はがき「売発」、関係者「確認大切でした」 大阪〉

「発売」が「売発」と、逆になっております(asahi.com のサイトには写真も掲載されています)。かいたひとはバンドマンなのかもしれません。

これが「!売発日本 きがは賀年 付玉年お」であれば、1行1字のたてがきだといいはれるかもしれません。

この「1行1字のたてがき」は、額におさめられた政治家の書いた文字にみられます。政治家にかぎらず、ヨコながの額、扁額の文字は「1行1字のたてがき」が普通です。右よこがきといわれます。

右よこがきは、扁額以外では、自動車の右ボディーにみられることが多いですね。前部から後部へという ながれになっているわけです。

右ヨコガキ


上の写真ではローマ字までが右から左の方向になっています。気色わるいですよ。

アラビア語は右から左に書くのですが、それでも算用数字は左から右に書かれます。

自動車の右ボディーには、番地までもが右から左に書かれているものがあります。びっくりしたのは、電話番号が右から左に書かれていたのをみたときです。走行中のものを1度みたきりなので写真はありません。いずれ撮影したいと思っています。


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2006年11月02日

入る と 入る

文章を読んでことばをおぼえるということは普通になされていることです。それがコトバをまちがっておぼえる原因になっていることもあります。

入る──これをなんと読めばいいのでしょうか。

やまい こうこう に はいる
えつ に はいって しゃべって

むかし、「這入る」と表記していたひとは沢山おられました。これで「はいる」と読ませていたのでした。

当用漢字や常用漢字の音訓表では「入る」の訓よみは「い」だけでした(「いる 入る」「いれる 入れる」)。「いる」は「入る」と書かれ、「はいる」は「はいる」と書かれるのが普通でした。なかには「はいる」も「入る」と書いておられたかたもいらっしゃいました。

のちの改定のときに「はい」がくわえられました。これで、「入る」と書かれている文字を読むときに、とまどうことが おこるようになりました。

知らないことばですとなおさらです。昨夜も、テレビで若い女性タレントを恥さらしにする番組が放送されていました。しらなければ読めない漢字が書かれた問題をよませて、別のタレントにこたえさせるというものでした。「祇園精舎の鐘の声、ではじまる平安時代にかかれた軍記物語はなに?」という問題では祇園精舎がよめておりませんでした。「ぎおん」という地名は知っておったようですが「しえん○○」(○○ははっきりとは聞きとれませんでした)と読んでいました。「校倉造倉庫で有名な、東大寺大仏殿の云々」という問題では校倉造と大仏殿がよめておりませんでした。「こうそうぞう」「だいぶつどの」でした。

この程度のことを知らないのは勉強していなかったことをさらしているわけですが、普通のことばでも こういうことは おこります。香川県の観音寺市はカンオンジシで、そこにある観音寺はカンノンジなのですが、しらなければ読めません。10月15日の記事に書きましたが、「仁川」のよみかたのようなこともおこります。

先に{せんに} かながきで かかげた例は「病膏肓に入る」「悦に入って喋って」の「入る」を「はいる」と読んでおぼえてしまったがゆえの恥さらしだったのだと思います。

「入」に「はい」の読みを与えたのがまちがいだとおもいます。「はいる」は「はいる」でいいのです。中国文字を使うことはありません。


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2006年11月01日

ヘップバーンもヘボンもおなじ

「普通の黄色い豹は英語では leopard という」

ある雑誌の記事中の文の一部です。この「leopard」に「レオパード」とルビがうたれていたのです。レパードという車種があることをご存じないようです。

外国語の発音をカタカナにうつすとき、どういう風に書くのかは、その語が国内にはじめて持ちこまれるときには、きわめてむずかしいのだと思います。

ウルスラ アンドレス(Ursula Andress)という女優が日本にはじめて紹介されたとき、アーシュラ アンドレスとされていました。

コミュニティー(commmunity)はコンミュニティーと表記されていました。同様に、コミュニケーション(communication)はコンミュニケーションとかコンミュニケイションとかかれていました。

テレビ番組「奥様は魔女」のサマンサを演じたエリザベス モンゴメリー(Elizabeth Montgomery)や、モンゴメリー クリフト(Montgomery Clift)はモンゴメリーと書かれていましたが、発音記号には t がはいっています。別のひとについてですが、モントゴメリーと書いてあるものがあります。地名でも、モントゴメリー郡とするものとモンゴメリー郡とするものがあり、ややこしいかぎりです。

日本語をローマ字でつづるルールのひとつ、ヘボン式の名のもとになったヘボン氏は Hepburn で、女優のオードリー ヘップバーンとおなじ名前なのですね。聞いた音を忠実に文字にうつしたものが ヘボン であったといいます。

発音記号に忠実につづるのか、それとも、聞こえたとおりにつづるのか、むずかしいところですね。

あっ、leopard は発音記号にも o ははいっておりません。ギリシャ語の leopardos → ラテン語の leopardus → フランス語 → 英語 という経過があるようです。

「ヴ」のことなどについては、稿をあらためます。(いつになるかはわかりませんが)


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