映画やテレビの時代劇で使用されるコトバを舞台になっている時代のコトバにするとわれわれは理解できないでしょうねえ。江戸時代といっても2世紀半もありますので、前期と後期ではちがっていたようですし、平安時代、鎌倉時代、室町時代、それぞれことなっている面があったようです。
また、のこっている文献から過去のことばづかいをチェックしましても、それらがすべて その時代のただしいコトバづかいを あらわしているとは いえません。まちがった用法で記述されているのかもしれないからです。
「東海道中膝栗毛」に このように かいてあった、「徒然草」には このような記述がある、「源氏物語」では こうなっている、「万葉集」に こういう うた がある、といっても、それが まちがいでない とは いえないのですから。大量の使用例があって、はじめて、そうだ、といえるでしょう。
現在かかれている文章がすべてただしく書かれているわけではないことをみても わかることです。未来において、現代のことばづかいを調査していて、当時の総理大臣小泉純一郎が国会で「たしさいさい」といっていた、したがって、平成の時代には「多士済々」は「たしさいさい」と発音されていた、ときめつけるのとおなじことです。
毎年なされている文化庁の「国語に関する世論調査」をみていますと、ただしい表現がかならずしも多数派でないこともありますから、判断がむずかしいですね。
こういうことから、時代劇のことばづかいは、現代語を基本とし、“歴史もの”っぽさをふりかけて できあがっているものと判断できます。
テレビ時代劇「太閤記」での「もうす」というコトバのつかわれかたのことで8日に投稿いたしました
「敬語[いう]」について、「申す」という語は謙譲語ではない、というご指摘がございました。“ぷよる”さんがおっしゃるのは、
時代劇で「申される」が使われるのは間違っていません。その時代は「申す」は謙譲の意味はなく、「言う」の丁寧な述べ方だったのです。
時代劇では昔から使われていますし、私も含めて古い人間は「この時代はそういう言葉づかいだった」と知りつつ見ていたと思います。
ということでした。
たしかに、「もうす」は丁寧語としても使用されていたようです。
広辞苑第1版と第2版では記述がかわっておりますが、内容は同様です。引用します。
広辞苑第1版
(1) 政をとり行って仕える。政事を執奏する。
万五「万代に坐したまひて天下(あめのした)まをしたまはね朝廷(みかど)去らずて」
(2) お仕えする。
万 十八「堀江よりみをびきしつつ御船さすしづをのともは河の瀬まをせ」
(3) 請う。願う。
万 二十「つつみ無く妻は待たせと住吉の我皇神(すめがみ)に幣奉り祈りまをして」
源 松風「故民部の大輔の君にまをし賜りて」
平家「常は暇をまをししかども賜はらざりければ」
(4) 「言う」「告げる」の謙譲語。
万 二十「旅ゆきに行くと知らずて母父(あもしし)に言まをさずて今ぞ悔しけ」
日葡辞書「ソナタサマヘマウス」
(5) 貴人に対して行い奉る。
日葡辞書「レイヲマウス」「ブサタマウス」
(6) 招待する。招く。
日葡辞書「ヒトニメシ(飯)ナンドヲマウス」
(7) 「言う」の敬語。
弁天娘女男白浪「よい折故に、これまでの不奉公の段々をまをし聞かして」
(8) 「…という名である」の敬語。
徒然草「若し此御中にいろをし坊とまをすぼろやおはします」
徒然草「しら梵字とまをす者也」
浮世風呂 三「あれは半四郎鹿子とまをすよ」
《補助動詞》動詞に添えて謙譲の意をあらわす。
万五「あま飛ぶや鳥にもがもや都まで送りまをして飛びかへるもの」
なお、広辞苑第1版では、「敬語」と言うのは、尊敬語、謙譲語、丁寧語としていますが、丁寧・親愛・軽侮の表現も広義では敬語としているので、「敬語」とかかれているからといって「尊敬語」とはかぎりません。このことは、例文をみればわかります。
広辞苑第2版
(マウスの転)目上の者などに実情を打ちあける意。
(1) 「言う」「告げる」の謙譲語。
仁徳紀「山城の筒城の宮に物まをす」
万 二十(1版の(4)とおなじ)
(2) 請う。願う。所望する。
万 二十(1版の(3)とおなじ)
平家 一「兼雅卿も所望あり…新大納言成親卿もひらに−・されけり」
(3) 政をとり行なって仕える。政事を執奏する。
万五「万代に坐したまひて天の下まをしたまはね朝廷(みかど)去らずて」
(4) 「…という名である」の尊敬語。
竹取「かの寮(つかさ)の官人くらつまろと−・す翁」
徒然草「若し此御中にいろをし坊とー・すぼろやおはします」
(5) 貴人に対して行い奉る。
伽、唐糸草子「何とてもとすけは風呂の奉行はー・さぬぞ」
日葡辞書(1版の(5)とおなじ)
(6) 招待する。招く。
日葡辞書(1版の(6)とおなじ)
(7) 「言う」を丁寧にいう語。
伎、青砥稿「よい折故に、これまでの不奉公の段々をー・し聞かして」
(8) 動詞の連用形に添えて謙譲の意をあらわす。
万五「あま飛ぶや鳥にもがもや都まで送りまをして飛びかへるもの」「お話しー・しあげる」
第1版と第2版とでは説明の順序がかわっております。
「よい折故に、これまでの不奉公の段々をまをし聞かして」が丁寧にいっていることばづかいとはおもわれないのですが、江戸時代はそういうものだったのでしょうか。ほかにも疑問点があります。「若し此御中にいろをし坊とまをすぼろやおはします」は尊敬表現ではなく丁寧表現だとおもえます。
いずれにしても、「もうす」という語は、謙譲表現にも丁寧表現にも使用せられていたようです。丁寧に発言することは(美化語をのぞく)コシをひくくしていることでもありますので、自身を卑下した表現とは にかよったところがあります。この区別自体、外国人に日本語をおしえるときには便利ですが、科学的なものではありませんし、どうでもいいことです。
さきほど、時代劇のことばづかいは、現代語を基本として、“歴史もの”っぽさをふりかけて できあがっているものと おもわれます、と かきました。当時のことばを使用すると、現代人には理解できない事態も容易にかんがえられます。
時代劇では、えがかれる風俗が、作品の制作年代によってちがってきています。たとえば、男性のまげです。むかしの映画では、月代{さかやき}の面積が、いまのものよりも ひろいことがわかります。「北斎漫画」にえがかれている人物をみますと、月代はひろいのです。月代がひろいのは格好がわるいと感じたのでせまくしたのかもしれません。
また、最近の映画・テレビで鉄漿{かね}をいれているのをみることはありません。いわゆる“おはぐろ”です。タケシ主演で都筑道夫の「なめくじ長屋捕物さわぎ」がテレビドラマになりましたが、このシリーズに鉄漿がきめてになる1編がありまして、これは映画・テレビではとりあげられないだろうな、とおもったことがあります。最近の映画だったとおもうのですが、鉄漿をいれておりました。めずらしいな、とおもいました。庶民が毎日鉄漿をいれなおすとはかんがえられません。はげちょろけの鉄漿であったことでしょう。
頭髪にしても、毎日毎日かみゆい(髪結い)をたのむことはできません。きちんとしていること自体がつくりものです。
むかしの日本人はチビでした。ところが、城郭の天守閣などにはいらせてもらいますと、階段の一段の段差がおおきいことがわかります。階段をあがるのは簡単ではなかったでしょうね。いまの日本人は身長がのびています。畳のうえにたつと、かもい(鴨居)にあたまがあたりそうです。当時の雰囲気をだすためには、セットをおおきめに製作しなければならないでしょうが、実際の建物でのロケシーンとの整合性がとれなくなってしまいます。
ウマにしましても、当時のウマはサラブレッドのようにおおきなウマではありませんでしたが、当時のウマを入手するわけにはいきません。
つまりは、映画もテレビも虚構なのです。そういうものだとおもって、われわれは、みているのです。ことばだけが例外ではありません。
コトバにしても、風俗と同様、時代劇用の使用法をあみだしたと推測できます。現代人に通じるようにするためには、現代語をベースにしなければなりません。そこに“時代ものらしさ”をスパイスとして いれているわけです。
なお、誤解をふせぐため、11月8日の記事には語を付加して、「信長のようなひとが謙譲語を使用するとはおもえません」を「信長のようなひとが謙譲表現・丁寧表現をするとはおもえません」に修正しておきます。