文字がなかった時代、コミュニケーションは もっぱらコトバでした。はなしことば といった方がよいでしょう。きくだけで意味が わかったのです。コミュニケーションは こえの とどく範囲にかぎられておりました。
中国から文字が輸入されました。中国は進んだ文化を持って居ました。中国の言葉を学んで身に付ける事に依って進んだ文化を吸収出来ました。中国の文字を知る事は偉い事だったのです。文字の御蔭で記録が残る様に成りました。遠い所に届ける事が出来る様に成りました。
中国の文字を利用して日本人の言葉を、其の音を表そうと工夫しました。萬葉仮名です。萬葉仮名と云っても決まった様式が在った訳では有りません。難波旧遺跡で発見された木簡に在った文字「皮留久佐乃皮斯米之刀斯」は「はるくさのはじめのとし」と解読されました。「はるくさの」は枕詞だそうです。之と皆さん御存知の「伊呂波」とには差異が在ります。「波」と「皮」はいずれも「は」です。萬葉仮名では使われている文字は一定では有りませんでした。
万葉のむかしから、漢字のもつ意味を意識して文字をえらび、万葉かなで記載したものもあったようです。文字だけを、意味を無視して、かりてきたはずが、漢字をしっていることは学のあるあかしでもありましたから、日本のことばにあう意味をもつ漢字を使用する衒学的なひとがいたのです。訓よみのはしりですね。混乱のもとでもあります。
文字を使用すれば、のこせます し、とおく に おくる ことが できますし、みみ の きこえ ない ひと や しゃべられない ひと でも コミュニケーションが とれる ように なりました。
反面、これまではコミュニケーションをとるのに問題のなかった、目の みえない ひとが こまること に なりました。それまでは、聴覚に問題の ある ひとは、表情や くちびる の うごき から、なんとかコミュニケーションは とれて いました し、しゃべられない ひと でも、きく こと だけは できて いた のです。マルクス兄弟の映画では、ハーポは一切しゃべりませんが、いいたい ことをチコが よみとって くれて いました。よみとったチコが、こういうことか、と聞くのに対して、クビを上下にふれば、それがいいたいことだと理解できます。むかしの NHK-TV の「ジェスチャー」のようなものです。イエス・ノーが つたえ られれば、コミュニケーションは なりたちます。
録音機の発明により、しゃべったことを残すことができるようになり、電話の発明により、遠くまで伝えることができるようになりました。ラジオの発明により、多くのひとに一斉につたえることもできるようになりました。録音とラジオ(電波)により、印刷物を物理的に届けるということが必要でなくなり、時間と空間をこえたコミュニケーションがとれるようになったのです。
視覚にさしつかえがあるひとにはテレビがこまりものです。音だけではわからないからです。そのために、昔のラジオがやっていたような音声による状況説明を副音声でするようになりました。
いま、カタカナ語の氾濫がとやかくいわれております。明治以降、西欧のすすんだ文化をとりいれることに一所懸命になりました。オランダ語、英語、フランス語、ドイツ語などのできるひとは、すすんだ文化にふれていることから、尊敬されるようになりました。むかしむかしの、中国語ができるひとと同様の状態になったわけです。カタカナ語が氾濫するわけです。ローマ字が日本語のなかにとりこまれるようになりました。いまは まだ、WHO とか NHK とかいった省略語だけですが、そのうち西欧の言葉が そのまま はいりこんでくることでしょう。
ベートーベンをベートーヴェンと記述していいことになりました。そのむかしは いざしらず、Vのおとは現代日本語にはありませんでした。ほとんどのひとはBの発音をしていますが、Vのおとを発するひともいます。Vといえば、以前にタイのひとと話していたとき、ウォーウォというのがなになのかがわかりませんでした。VOLVOでした。日本人は英語のよみかたに毒されてしまっていたのでした。FUJIYAMA といいますが、FUではなく、HUと発音しています。一部のアナウンサーはファウルやフェアーをFで発音しています。文科省はVやFのおとを日本語に持ちこみたかったのでしょうか。日本語の発音も変化してゆくことでしょう。
パソコンからでてくるからといって、書けない漢字をつかっています。書けなくても読めればいいともいわれています。漢字制限により、おしえられていなければ 古典が読めないではないか といわれています。古典にはふるい漢字だけではなく、いまは使用せられなくなってしまった やまとことば がふんだんに出現します。それらの意味を知っていなければ読んだことにはなりません。ふるい漢字は字体もいまとは ことなります。それをおいかけてゆけば、康熙字典にあたらなければならなくなります。
また、日本の伝統文化ということをいうのでしたら、難波旧遺跡で発見された木簡にあった「皮留久佐乃皮斯米之刀斯」という文字もすらすらと読めなくてはなりません。
そんな馬鹿なことはありません。専門家にまかせればいいのです。外国の文献をよむのに、翻訳家のお世話になるのとおなじことです。
外国のコトバをとりいれて 先人が くふうし 発達させてきた日本語の伝統にのっとり、ふるき よき 日本語とペダンティックにならない範囲での漢字や英語などの外国文字や語をとりいれて、うまく調和させてゆくのが現実的ではないでしょうか。コミュニケーションの基本は聞いてわかること──これを念頭において、耳できいて理解できることばづかいをこころがけ、へたな同音異義語を新規につくりだすことをやめ、同音異義語のかわりに やまとことば風の造語をし、辞書のおくに埋もれているような画数のおおい漢字や、よめない漢字の使用を抑制し、一部やまとことばの復活をしてゆけば、日本語を学習する外国人ばかりでなく、日本人にとっても学びやすいコトバになるのではないでしょうか。
〜〜 AD 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
リストラされて蓄えも底をつき、希望も失われてしまっておりました。
この仕事を教えてもらい、借金も返済して、
いまでは、都心の一等地の高層マンション住まいをしています。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 AD 〜〜