このブログは移転しました。
ブログ自体は
気になってならない」で
更新をつづけております。

2006年07月31日

駅の工事は着工中

大日本ドケチ教のお経とおなじことばをキャッチフレーズとし、新幹線の新駅建設を凍結するという公約を掲げていた候補者が当選し、国内4番目の女性知事が誕生することになったことをとりあげたニュースで、駅の《工事はすでに着工中で》と読んでいたのはテレビのニュース番組の男性キャスターでした。

「着工の準備中」ということでしたら、まだ工事ははじまっていないと解釈できます。すでに工事にとりかかっているのなら「工事中」となるはずです。工事は始まっているのか始めようとしているのか、どっちなのでしょうね。(笑)

「着工中」ということばは「発売中」(「に と へ」)とおなじで、誤用といっていいと思います。

工事が終了したあとの状態を「竣工中」とはいいませんね。

着工:工事に着手すること。
   (広辞苑第2版。第1版には記載なし)
着工:《「ちゃくこう」の変》
   工事にとりかかること。
   (日本語大辞典初版)
着工:工事にとりかかること。
   ←→竣工
   (新明解国語辞典第4版)
ニックネーム torokko at 08:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

2006年07月30日

他人事

「他人」をタニンと読むのは他人行儀や他人扱いなどがある。日本語の「ひと」が、生き物としてのヒトの意味と自分でないヒトの意味との、ふたつの意味を有しているところから前者に「人」、後者に「他人」という中国文字をあてはめたことに混乱の原因があるのではないでしょうか。

「ヒトはパンのみにて生きているのではない」のヒトは「人」であり、『ヒトのことはほっときな」のヒトは「他人」の意味です。


「タニンゴトじゃないですよ」

「タニンゴト」ということばをたびたび耳にします。「他人事」と書かれていた文字を目にしていたのでしょう。それをタニンゴトとしておぼえてしまったのでしょう。

大辞林電子版で「たにんごと」をひくと「→ひとごと」とあります。

広辞苑・日本語大辞典・新明解国語辞典には「たにんごと」は掲載されていません。

広辞苑は「ひとごと」に「人事」という文字をあてています。これではジンジと読まれてしまいます。

日本語大辞典では「ひとごと」に「人事・他人事」をあてています。ただし、他と人とにそれぞれ常用漢字表にない読みかたであることを示す逆三角形をくっつけています。海老や海苔などとおなじ、いわゆる熟字訓です。

新明解国語辞典は明解です。
ひとごと【ひと事】(略)[表記]伝統的な表記は「{他人}事」。最近はこれをタニンゴトと文字読みする向きも多く、「人事」という別表記も見られる。
いいね。わかりやすい。

ただ、表記は「ひとごと」でいいと思います。
ニックネーム torokko at 21:15| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

チョクサイ?

《チョクサイ》という言葉を聞くと、すぐに《チョクセツ》と頭の中で翻訳しております。それほど頻繁に聞くことばです。

NHKのベテランアナウンサーでも《チョクサイ》と言っております。何人ものひとたちの耳があるテレビドラマのなかでも聞くことができます。

中国の文字で書けば「直截」です。

「裁断」の「裁」や「裁判」の「裁」にひっぱられたのでしょうね。

「頂戴」の「戴」とは混同しなかったのですね。

「裁断」と「截断」がごっちゃになったようにも思えます。

中学校の先生までもが《チョクサイ》と読むのだと思いこんでいなさるようで、こういう教師に教えられる生徒こそいい迷惑です。読みの試験で《ちょくせつ》と書いてバッテンをつけられてはたまったものではありません。
ニックネーム torokko at 08:11| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

2006年07月29日

文章力の低下 日本と一緒

3年ほど前にいただいたメルマガ(「アメリカ日常生活英語表現」 06/11/03)に、アメリカの地方紙「Lansing State Journal」に掲載されていた文章が紹介されておりました。

 日曜日の地元紙に、最近のアメリカの高校生や大学生は学校で文章を書く機会が減っているのと、インターネットのメールやチャットやインスタントメッセージなどをよく使うため、文章力が低下しているという記事がありました。

 インターネットでのメッセージのやり取りではネット特有の「ネット用語」を使ったり、文章を読み返したりせずに間違った文法や造語、スペリング、句読点を使い、それを直す人もいないので誤用が広まってそのまま通用してしまったり、即答性が要求されるため長い文章を書くことがなく、じっくり考えて論理的に文章を組み立てるという機会がないのが文章力を低下させる原因になっているそうです。

日本とまるで同じですね。

個人のサイトは勿論、企業のサイトであっても日本語で書かれてはいるものの日本語ではない文章が多すぎます。

チェックする者がいないことにくわえ、日本語に無頓着であることが最大の要因でしょう。ライターといわれるひとたちの質も低下しているとしか思えません。

時間が足りないことも大きな要因でしょう。推敲ができないのでしょうね。忙しくなりすぎているのでしょうか。情報があふれているために情報にふりまわされているのでしょうか。

直すひとがいる商業出版物であっても、誤ったままで流通してしまうものがいかに多いことか。誤植はあってあたりまえです。ねじれた文で構成されているために意味がつかみにくい文章もまかりとおっております。

かくいうわたしも偉そうなことはいえません。投稿したあとで日数をおいて読んでみると意味がつかみにくいと思われる箇所に気がついたり、変換ミスがあったり、と、散々です。

日本語の文法書を書きなおさなければならない日がくるのも遠い日のことではないかもしれません。
ニックネーム torokko at 20:18| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

──訂正しました──

7月21日の投稿《「腹腔」鏡手術の読みかた》に致命的なまちがいをおかしていました。文章を書きかえたときに修正もれになったものですが、意味が逆転しておりました。訂正しましたのでお知らせいたします。
ニックネーム torokko at 20:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

金のわらじ

落語「崇徳院」の熊五郎は嬶に10足もの草鞋(わらじ)を腰にぶらさげられて、恋患いをした若旦那の一目惚れの相手を捜しに出かけました。草鞋はそれだけ擦り切れやすかったものなのでしょう。

鉄製の草鞋でしたら長持ちすることでしょう。けれども重いでしょうね。鉄製の草鞋ですと、ちっとやそっとでは擦り切れないので、あくまでも捜し尋ねようという意志をあらわすことばとして「金の草鞋をはいても」という言いかたがあります。

鉄のことを“カネ”という言いかたは「金の草鞋」だけではありませんね。鉄製の輪は“かなわ”ですし、鉄製の鋳型が金型(かねがた)です。お歯黒あるいは鉄漿のことは「かね」といっておりました。(「鉄漿」はカネまたはテッショウ) 「出し汁」を「だし」と呼ぶことに似ていますね。

男の子は成人するときに前髪をおろしますが──おろすというのは前髪を切って大人とおなじ髪形にすることです。月代(さかやき)を剃りますので芝居では額から頭部にかけて青々としていますね――女の子は「かね」をいれたそうです。これは室町時代の話で、江戸時代には結婚した女性のしるしとなりました。白い歯の女性は未婚だということがわかります。

いまの映画テレビでは「かね」はとんと見かけませんね。都筑道夫さんの『なめくじ長屋捕物さわぎ』シリーズに、手拭に付着した「かね」が決め手になる話がありましたが、それゆえに、この作品の映画化、テレビドラマ化はむずかしいでしょうね。

話がそれてしまいました。

「金の草鞋」を“キン”の草鞋とおっしゃるかたがいらっしゃいます。テレビのクイズ番組で好成績をあげるかたの中にもいらっしゃいます。「いくら費用をかけても」という意味だと思っていらっしゃるのかもしれません。紀文大尽とよばれた、かの紀伊国屋文左衛門でも金(キン)の草鞋は履けなかったことでしょう。軟らかくて、すぐに擦り切れてしまいますからね。
ニックネーム torokko at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

2006年07月28日

報道における敬称がわり

(つぎの記事はすでに削除されており、見ることができません。この短い文章には沢山の人名がでてきますから、例として適当と思いますので、以下に記しておきます)
 芸能リポーターの梨元勝氏(61)と歌手田代美代子(62)が21日、都内でデュエット曲「理由ある二人」の公開レコーディングに臨んだ。応援ゲストとして安達祐実(24)の母でヌード写真集を発売した有里さん(48)と、俳優横内正(64)と離婚した元女優堀越陽子(55)の“ワケある2人”が登場。堀越は3月末に教員試験に合格し、4月から千葉県内の公立小学校で算数を教えていることを明らかにした。また芸能事務所とも契約し、女優復帰するそうで「やりがいがある。人生これから」と話した
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2112392/detail

芸能レポーターとテレビのワイドショー番組を賑わわせた女性には敬称がつけられていますが、3人の芸能人と元女優で現小学校教諭は呼び捨てにされています。

芸能欄の芸能人には敬称をつけないのが原則だそうですが、中途半端な運用ですね。

先だって、「中田英」が引退を表明したとたんに、表記が「中田氏」にかわっておりました。

取り調べを受けたり検挙されたりしますと、大抵、敬称にかわって「被疑者」がつけられます。逮捕状が出されると「容疑者」が、起訴されると「被告」が、有罪が確定すると「受刑者」「死刑囚」「元被告」がつけられます。軽微な事件、政治的色彩の濃い労働事件や公安事件では敬称や肩書がつけられるようです。

時効が成立すれば敬称や肩書がつけられますが、刑に服して罪を償っても、いやな文字はついてまわります。死刑が執行されたひとに対しては「元死刑囚」がつけられます。

以前はすべて呼び捨てだったように記憶しています。有罪が確定するまでは無罪ですから、呼び捨ては失礼じゃないかということなのでしょうか。かといって現行犯逮捕された殺人者に「さん」や「氏」をつけるのは“いかがなものか”といったところでしょう。そこで「容疑者」だの「被告」だのがつけられるようになったのでしょうね。変な理屈のもとに。

検挙された歌手に「メンバー」という語がつけられたこともありました。なぜ「容疑者」ではないのかと多くのひとがいぶかりました。

このルールがいかにいい加減なものかが分かろうというものです。

新聞の記事ですが、
《前代表の村上世彰容疑者を同法違反で起訴した。村上被告は》(*1)
と「容疑者」が起訴されたという文のあとでは「被告」にかわっております。

ところが、、おなじ記事のうしろの方では、
《村上前代表は同日、東京地裁に保釈を請求した》
《起訴状によると、村上前代表は》
《村上被告は弁護人を通じ》
のようにブレがみられます。

いい加減なものです。

最近の新聞に奇妙な表記がありました。
《調べでは、男は神戸市北区◯◯、会社員容疑者(35)。》
普通なら「会社員○○○○容疑者」でしょうね。匿名にして「会社員容疑者」はなんとも不思議な書きかたです。《会社員(35)》ではいけないのですかねえ。

こうしてみてまいりますと、敬称がわりの語は被疑者の法律的立場を明確にするためにつけるということが、あとからつけた理屈のように思えます。

有罪が確定するまでは無罪なのですから、「さん」や「氏」をつければいいのではないかと考えます。


*1:文章の途中を、とばしとばしで、省略しております。もとの記事はこちらですが、すでに削除されております。
ニックネーム torokko at 21:11| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

食べず嫌い

《食べず嫌いを直すぞ はじめてのピーマン》
《食べず嫌いを直すぞ 史上最強ピーマン嫌い兄妹》
どちらもテレビからです。テロップとナレーションの両方でした。


「食わず嫌い」でしょ。

落語「宮戸川」のお花は言いました。
「締め出し たべちゃった」
「半ちゃんは男だから、締め出し食っちゃった、でいいけど、わたしは女だから、上品に、締め出したべちゃった」

なにも上品なことはない。

食い初め(喰い初め)をタベゾメと言ったり、はなはだしきはタベハジメと言うご仁もおられます。タベハジメというのは、漢字では喰始と書く、演出家の名前ですよ。

「食い初め」は「お」をつけて「お食い初め」ということもあります。

「食う」というのはきたないことばではありませんよ。また、「くう」と「たべる」を辞書でみれば、圧倒的に「くう」の方がコトバが多いのです。
ニックネーム torokko at 09:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

2006年07月27日

はいって売っている

《マヨネーズと同じ容器に入って売ってる出来合いのタルタルソースは》

このような書きかたをしている文章をしばしば見かけます。主体がいれかわっているのです。

はいっているのはタルタルソースで、売っているのは商店ですから、混乱している文ですね。

タルタルソースを主語とするなら
《マヨネーズと同じ容器にはいって売られている できあいのタルタルソースは》
あるいは
《マヨネーズと同じ容器に入れて売っている できあいのタルタルソースは》
ですね。


にたような例をひとつ。

《たとえば Mac は、これまで UNIX と言われる OS を使っていた人達も続々と使い始めているし、科学の分野、高等教育の現場でも広く使われるようになり始めた。》(マイクロソフトのサイトから)

うっかりするとやってしまうのですね。「Mac は」「使い始めている」、わけがありません。「Mac は」「使われるようになり始めた」は普通の使いかたです。

前の方は法律の文では、《たとえば Mac は、これまで UNIX と言われる OS を使っていた人達も続々とこれを使い始めているし、》という風に“これを”という語を、良い悪いは別として、挿入してにげています。


つぎの例は、別の“ねじれ”です。筆者がなにをいいたいのかが明確ではないため、これは直しようがありません。

《イラクでほんとに殺された橋田信介さんら2人のジャーナリストにはある覚悟はあったとはいえ、香田証生さんの「命」は日本政治に何ほども影響を与えなかった。》(朝日新聞のサイトから)
ニックネーム torokko at 19:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

表敬

《薬物乱用防止 キャンペーンの松浦亜弥さん、首相を表敬》

新聞の見出しにあったものです。《首相を表敬》ということばが変ですね。《首相を表敬訪問》のつもりなのでしょうか。字数がオーバーするので“訪問”を取ってしまったのでしょうか。それなら助詞をかえて《首相に表敬》の方がいいでしょう。

本文では《(首相が)松浦亜弥さんの表敬を受けた。》としておりました。

おなじことを別の新聞では《あやや、首相官邸を訪問 薬物乱用防止キャンペーン》という見出しにしていました。“あやや”がわからない読者はいないと思っているのでしょうか。それ以外はまともですね。

本文は《小泉純一郎首相は16日昼、政府の薬物乱用防止キャンペーンのキャラクターを務めるアイドル歌手の松浦亜弥さんと首相官邸で会い、》でした。
ニックネーム torokko at 08:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

2006年07月26日

寝耳に水

《お年寄り「寝耳」に増税 住民税の老年者控除全廃》

新聞の見出しです。

寝ているときに耳に水を入れられるからびっくりするのであって、“寝耳に増税”では意味をなしません。

気の利いた表現だと思っているのでしょうか。カギをつけていますので“寝耳に水”の省略表現のつもりでしょうか。

昨今、新聞の見出しがおかしいですね。記者として活動していた第一線をしりぞいて、見出しに楽しむところを見い出したわけではないでしょうね。

こちらも楽しんだものでしょう。サッカーワールドカップの1次リーグで優勝候補のチェコが初出場のガーナに0−2で完敗したというニュースのスポーツ紙の見出しです。

《チェコ予選敗退危機…ガーナ甘くなかった》

ガーナ・チョコレートの洒落ですね。
ニックネーム torokko at 20:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

シャシャラ セセラ シャシャリ

女性に人気のある男性演歌歌手が老夫婦に対して「よりそって何年ですか」と問うたことについて、アシスタントの女性が「いいまちがい ちゃうん?」と発言。これに対して番組パーソナルティが「(そんなこと言ったら)アジもシャシャラもない」と発言。普通なら「味もそっけもない」というところでしょうね。

シャシャラというのは一体なんなのでしょうか。

発言者は山口県熊毛郡の生まれ育ちで日大にすすみ、在阪の放送局でアナウンサーとなり、番組パーソナリティーを永年務め、定年後もパーソナリティーを続けているひとです。どこかの方言でしょうか。

こういうとき、加古川うまれで神戸そだちの母は「アジもセセラもない」と言っておりました。

辞書にあたっても分かりません。

「アジもシャシャリもない」と言ったのは新作落語『祇園舞妓自動車教習所』を演じた桂小春団治でした。また、テレビのバラエティ番組で飯島愛も言ってました。

ならべてみます。

アジもシャシャラもない
アジもセセラもない
アジもシャシャリもない

似てますね。

漢字で書くと「南燭」、シャシャンボという木があります。別名がササンボだそうです。“シャ”が“サ”に変化していますね。しかし“セ”には変化しないでしょう。

セセラは“せせら笑い”のセセラでしょうか。

“ササラ”が“シャシャラ”に変化したのであれば想像ができます。“シャ → サ”の反対方向です。

物のこまかく美しい様子をあらわす接頭語が独立して使われたと考えられます。あるいはフライパンなどを洗うときに使う、竹を細く切って束ねた“ささら”から、“こまかい”という意味に使われたとも考えられます。

ことあるごとに調べるのですが、いまだにわかりません。

ご存じのかたがいらっしゃいましたらお教えください。お願いします。
ニックネーム torokko at 08:24| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

2006年07月25日

「すなわち」でない「即」

《「即アウト」が即効果》
《ホコテン駐車も即アウト》
《悪質駐車は即アウト!》
《“デジカメパチリ”で即アウト!》
《復帰戦で即マルチ安打》

こういう「即」の使いかたが多いですね。
そく【即】
《名》(1)〔仏〕二物がそのまま同等で差別のないこと。
   (2)〔取引用語〕即敷の略
《副》すなわち。とりもなおさず。
これは広辞苑第一版と第二版。つぎは明解国語辞典。
そく【即】(接)
一見相反すると思われるものが実は深いつながりをもっているということを表す言葉。「色―是空・生―死・絶対―相対」
品詞の分類が異なっていますがどうでもいいことです。

さらに調べてみました。

電子版大辞林には
そく [1]【即】
■一■ (名)
(1)現象的には対立している二つの事物が,実は同一であること。「煩悩(ボンノウ)―菩提」「生死(シヨウジ)―涅槃(ネハン)」
(2)天台宗で,真理認識の六つの段階のこと。
■二■ (接続)
前に挙げたこととあとに挙げることが同じであることを示す。とりもなおさず。つまり。すなわち。「反対者―過激分子ではない」
■三■ (副)
間をおかないですぐ続くさま。ただちに。「連絡あり次第―行動せよ」
どうやら新しい使いかたのようです。

“即死”は即時に死んだということですので、“即時”という意味あいで「即〜」が多用されているのでしょう。

それにしても「即効果」はないでしょう。「即効」の立場がないじゃないですか。

事例は漢語のなかのものです。漢語も日本語だといわれるなら、これ以上なんにもいえませんが、これだけはいわせていただきたい。

新聞の場合は、ことに見出しの場合には文字数が制限されていますので短く書きあらわそうとすることは理解できます。しかし、口頭で話すときに“はーい。即 行きます”はないでしょう。“すぐに まいります”といいましょうや。「すぐに」という日本語があるのですからこれを使いたいものです。

おなじようなことばに「チョク」があります。「チョク、帰ります」のように使われています。これを縮めて「直帰」。ベスト(ヴェスト)じゃないんだからね。“じかに”という日本語がありますよ。
ニックネーム torokko at 21:56| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

ソウキュウ

《海外で紛失・盗難にあったときにも早急に連絡する》
これは、とある独立行政法人がおこなった記者説明会において配布した資料にあった文です。

これを受けて、とある旅行関係メルマガが「海外で利用できる携帯電話のトラブル 〜国際ローミングサービスを中心に〜」と題したメールで
「海外で紛失・盗難にあった場合も送球に連絡すること」となっている。
と紹介していました。

これを書いたひとは「早急」を「ソウキュウ」と読んでいることがわかります。

こういうことでもないかぎり、どう読んでいるかということを、書かれたもので判断することはできません。

ラジオ・テレビですと、もろに分かります。

ここ、「芸夢堂>ゆれるコトバ」のページにラジオ・テレビで採集した“早急”の読みかたが書かれております。これによりますと、圧倒的にソウキュウ派が優位です。

サッキュウということばを知らないまま“早急”という文字を見てソウキュウと読んでしまったのか、サッキュウということばは知ってはいるがそれを“早急”と書きあらわすことを知らないのか、どちらかでしょうね。

上のページにも書かれていますが、《「ソウキュウ」と読むひとは「早速」を「ソウソク」と読むのだろうか。》という点、興味がありますねえ。(笑)
ニックネーム torokko at 09:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

2006年07月24日

読点 語順 助詞

読点をどこに打つかというのは、ひとにより、さまざまです。たくさん打つひと、意識しているのか ほとんど読点を打たないひと、さまざまです。

わたしの文章では、あるときは多すぎるくらい読点があり、またあるときはほとんど打っておりません。

読点のまったくない文章は「勝谷誠彦の××な日々。」にみられます。意識してなさっているのだろうと思います。大抵の場合、語順をいじることで読点なしでも意味が通じるようになるのです。この文章は興味深いのですが「ここ、読点をいれた方がわかりやすいな」と思うところもあります。

要は、意味をとりちがえられないように、という一点につきます。



《21世紀を本当に平和の世紀にすべく今、取り組んでいるところです。》(国会議員のメルマガから)

読点が1個ありますが違和感のある使いかたです。最近はこういう読点の使いかたを新聞雑誌でしばしば目にします。1字分の、ツメによっては半字分のスペースを省略するためにしているとしか思えません。

「すべく」と「今」の両方が「取り組んでいる」にかかっています。《……にすべく、いま取り組んでいる……》とするところです。「いま」のうしろに読点をいれるとより読みやすくなります。英米のことばのように語で分かち書きすることになっておれば入れる必要性はありません。たとえば《……に すべく、いま とりくんで いる ところ です。》とすれば入れなくとも読みやすいです。この例のように、ひらがな だけになりますと、字間を詰めた方が読みやすいでしょうね。スペースも詰めた方がいいようです。

話がそれました。もどします。

この例文の場合は意味を取り違えることはまずありません。けれども、意味がとりにくくなるケースもあります。


《消防で全員が突入時、崩れるとは思えなかったと話した。》(新聞より)

《すべく、いま、》と同様に、《消防で全員が、突入時、崩れるとは思えなかったと話した。》と読点をいれても曖昧さは残ります。この点はちょと置いておきまして……。

「消防で」が場所をあらわしているのか「突入時」にかかるのかが曖昧です。「突入時」にかかるのであれば「消防で、」と読点をいれるか、「全員が消防で」「消防(署)で話した」と語順を変えるか、すべきでしょう。ただ、「消防で」が場所をいっていると解釈するのにはいささか無理がありそうです。

「突入時」も「思えなかった」も「話した」にかかるカタチですので、普通に読めば

《「崩れるとは思えなかった」と消防のために全員が突入したときに話した。》

と受けとります。

しかし、突入しながら話すわけがないので変だな、と思うことになります。


崩れたのはいつなのでしょうか。
突入したあとで崩れたのでしょうか。
突入したときに崩れたのでしょうか。

ここが曖昧です。

また、「全員」が「突入」にかかるのか、「話した」にかかるのかも曖昧です。

ここらが明確になるような文にしなければなりません。

  • 1.全員が話した
  • 2.全員が突入した

  • A.崩れたのは突入したあと
     《突入したときには(まさか)崩れるとは……》というケース
  • B.崩れたのは突入したとき
     《突入時に崩れた》というケース

これらを組み合わせて、

  • 1A.《「(消火作業のために)突入したのだが、そのときには(まさか)崩れるとは思えなかった」と全員が(異口同音に)話した。》

  • 2A.《「(消火作業のために)全員が突入したのだが、そのときには(まさか)崩れるとは思えなかった」と(救出されたひとが)話した。》

  • 1B.《「(消火作業のために)突入したときに崩れる、とは思えなかった」と全員が(異口同音に)話した。》

  • 2B.《(消火作業のために)全員が突入したときに崩れる、とは思えなかった」と(救出されたひとが)話した。》

以上の4つの状況が考えられます。


実際のところは2Aでしょうね。

この意味だとするとどう書くかです。
まずは「消防で」を取りましょう。消火作業のために突入することは明白ですから。

《全員の突入時には崩れるとは思えなかった、と話した。》
→《全員の突入時には崩れるとは思えなかったと話した。》

読点がなくなってしまいました。

助詞をかえる、読点の位置をかえる、というだけで、すんなりと受けとれるか否かがわかれますね。
ニックネーム torokko at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

割り引き

《運賃は片道4300円で、乗車1日前までに購入すれば800円割引される。》(新聞より)
《このハガキをご呈示いただきますと5,000円以上のお買い物で500円割引させていただきます。》

「割引」というからには“率”で値引きするものだと思っていたのですが昨今はそうではないようでして「割引券」に「¥300 off」なんて書かれております。

最初の例なら「800円値引きされる」でなんの問題もありません。

あとの例ですと、5,000円分買って500円値引いてくれると“1割引”ですからいいのですが、1万円分買って500円値引いてくれたのでは“5分引き”になります。“割引”ではなく“分引”です。そのむかしは銀行が中小企業を「分引両建」(ぶびきりょうだて)でいじめたものです。

“割引”でしたら最低でも1割を値引きしなければならないのではないのですかねえ。

え? 手形の割り引きは1割いかないぞ、とおっしゃる。そうでしょう。“割”もとったら高利貸しですよ。あれは日数で割って、そのぶんを差し引いて、といった意味だと考えればよろしい。うるさいことは言わないの。
ニックネーム torokko at 08:16| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

2006年07月23日

解除になりました

ラジオで交通情報を聞いておりますと、「通行止めが解除になりました」という言葉がしばしば流れます。いつも違和感をおぼているのです。

普通は「解除されました」でしょうね。

どうして「解除になりました」になるのでしょうか。

これは想像ですが、交通情報を放送している交通情報センターのアナウンサーディスプレイを見ながら放送しているのだと思います。

そこに表示されている「通行止」という文字が「解除」に変わったのではないでしょうか。ですから、「解除」になりました、と言っている、と考えたのですが、あっているでしょうか。
ニックネーム torokko at 17:29| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

日曜深夜2時

テレビをつけると、《18日(日)深夜2時40分〜》いう文字が大きく表示され、放送予定が「日曜日の深夜2時40分からでございます」としゃべる声が聞こえた。

毎日放送テレビの「ちちんぷいぷい」という番組で司会の角淳一が松山正春にインタビューしたが、この日の放送では時間の関係でカットしたという。もとの60分をこえる長さのものを毎日放送ラジオで放送することの案内であることがわかった。

それはわかったが、これがわからない。日曜日の午前2時40分なのか、月曜日の午前2時40分なのかが判然とはしないのだ。

「夜があける」では、
13日の午前1時は12日の25時というそうですね。
12日の25時が、報道では13日の未明。
不思議です。
と書いている。

これとはちがう表記だ。

角淳一が「もともと番組のない時間帯でしたから」といいつつ番組表の右下を指し棒で叩いていた。この番組表が日曜にはじまっているものであれば日曜の午前2時40分であることになるし、月曜にはじまっているものであれば月曜の午前2時40分ということになる。

「深夜」という語を使うからいけないのだ。時刻をあらわす語は午前か午後なのだ、とぶつぶつ言いつつサイトを見にいった。

番組表は月曜にはじまり日曜に終わっていた。時間帯表示は4時から27時までだ。念のためにスクロールさせて表の右下を表示させてみると、25時50分からの枠内に「放送休止」と書かれていた。まちがいない。この枠だ。つまり、今回の《18日(日)深夜2時40分〜》というのは業界でいうところの「18日(日)26時40分」、まともな人間にとっては「19日午前2時40分」という意味であったのだ。

こうして、業界人の「26時40分」を、業界人が、一般向けに翻訳すると「深夜2時40分」になるということが判明した。

ついでに、毎日放送では1日は午前4時にはじまるのだということも判明した。


(蛇足)
NHKの表示では「12日(月)深夜○時」ではなく、「6月12日(月)翌日午前 0:00〜翌日午前 5:00」とある。苦肉の策ですね。あくまでも12日の番組であり、13日のでは断じてないぞ、とどうしてここまで主張するんだろうか。「6月13日(火)午前……」でいいではないか。

ほかの局の表示も見てまわった。東京・大阪名古屋岡山……と。結果、統一されておらず、各社各様であることがわかった。また、1日のはじまりは時刻できまるものではなく、その局がこれがスタートと決めたものがスタートであるようだ。
ニックネーム torokko at 09:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

2006年07月22日

ば か ぱ か

《このように「格差社会」とは、他者をおもんばかる社会とは違って「自分さえよければ」という考えを増長する社会ともいえるから》

わかりにくいのですが、「ぱ」と「ば」の違いです。
なお、「ぱ」と「ば」が判別しにくいので (PA) (BA) をつけくわえておきます。

日本語にはパ (PA) 行の音がすくないですね、大抵が外来語です。「パンパン」(PANPAN) は擬音だという説もあるようですが、インドネシア語起源説もあるそうです。「万夫(バンプ)(PU)」「半白 (PA)」「半端 (PA)」「番兵 (PE)」「半片 (PE)」「はんぺん(半平)(PE)」「糸をぴんと張る (PI)」などなど、あまり多くはありません。

ゆびとまリサーチ「スペクトラム」にアンケートの回答が集計されておりました

質問5 次の漢字の読み方をひらがなでご記入ください。
『慮る』
正解は「おもんぱ(PA)かる(おもんば(BA)かる)」です。

おもんば(BA)かる 105名
おもんぱ(PA)かる 40名
おこたる   28名

なんとなんと、「おもんば(BA)かる」も正答にしているのです。

そこで辞書にあたってみました。

広辞苑、日本語大辞典には「ぱ (PA)」しか掲載されておりませんでした。
電子版大辞林には同様に「ぱ (PA)」だけですが、見出しにつづいて《〔「おもんばかる」とも〕》と記載されておりました。
新明解国語辞典では意味のところに《おもんばかる》(BA) と書かれておりました。

アンケート結果にもみられるように「おもんばかる」(BA) がはびこってきているのですね。正答の 2.5 倍です。驚かされる数字です。

文字のみそこないから BA になったのでしょうか。

これを読んでおられる あなた。「おもんばかる」(BA) といっていた あなた も知りました。いまからは「おもんぱかる」 (PA) といいましょう。
ニックネーム torokko at 21:03| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

アヤ問題

イタリア イタリヤ どちらを使っておられるでしょうか。

イタリヤは少数派です。

新聞では、すくなくとも共同通信・毎日新聞は、イ列、エ列の音のつぎのアはヤと書かずにアと書くのを本則としており、イタリアに決めています。(例外として掲げているのは、共同通信ではカシミヤ、コンベヤー、タイヤであり、毎日新聞ではカシミヤ、コンベヤー、ダイヤル、ロイヤルティーだ。どういう基準なんだろうね)


最近頻繁に目にするキャリアという語、キャリア組ノンキャリア組などと使われております。経歴、career のことですね。

搬送物や保菌者を意味する carrier は新聞でもキャリアと表記することになっています。

「あなたはキャリアですか」と問われたとき、文脈で判断できますが、ここだけ取りだすとどちらのことなのか区別がつきません。話し言葉でしたら原語のアクセントで言ってもらえればすぐに区別ができますが、どちらも高低低と頭高型アクセントで言われますので区別できません。原語では異なるのですがねえ。

後者はキャリヤーにすればいいのにと思います。

(アクセントといえば、デザートは原語では綴りがちがっていますが日本語では食後のデザートも砂漠もおなじです。おなじ低高低です。後者についてはデザートということは稀で、普通は砂漠といいますので助かっています)

この「アヤ問題」、例外のない基準を見つけることは、単純化はむずかしい問題ですね。
ニックネーム torokko at 09:20| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

2006年07月21日

ヤバいことなら銭になる

日本語は厳密に書けるコトバなのですが、いい加減に書こうとすれば、それも可能という、なんとも融通無碍なコトバです──とは以前に書きました。

これがためにおこっている「ことばのユレ」が多いですね。ことばは生き物だから変わるのは当然だといって逃げるのはやめましょう。

ことばのユレは誤用から生じていることが多いのではないかと感じております。広辞苑をひいているときにしばしば出会う「誤用」や「慣用」という文字。最初は「誤用」だったんでしょうね。それが広がっていって「慣用」になったということでしょう。


倅が小学生のときに、さかんに「ヤバい」と言っておりました。漢字で書きますと「危い」になるのですが、かっこいい、すばらしい、の意味で使っておりました。意味が変わってきているのですね。

都筑道夫の『紙の罠』を日活で映画化した宍戸錠主演の「危いことなら銭になる」(やばい こと なら ぜに に なる)は「危」に「ヤバ」とルビをふっておりましたが、字を見ずに音だけでしたら、現在の若いひとのあいだでは意味がとおらないことになってしまいます。

どういう経過で意味が変わってきたのか興味があります。ヤバいことはカッコいいことだ、ということでしょうか。
ニックネーム torokko at 19:26| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

「腹腔」鏡手術の読みかた

「腔」をクウと読む傾向のことを書きました。→ 2006-07-20|どうして普通の読みかたをしないの?

王貞治監督の手術が腹腔鏡を使用したものであったということなので、どのように発声しているかを気をつけて聞いておりました。また、Google ニュースで155件あったメディアによる報道約70件を見、警官による発砲事件のものもくわえて整理してみました。

asahi.com
腹腔(ふくくう)鏡手術という方法で
livedoor─スポーツ報知
腹腔(ふくくう)鏡による胃の全摘出手術を受けた
中日
腹腔(ふくくう)鏡を使った手術だった
日経
腹腔(ふくくう)鏡で胃を切除
読売
腹腔鏡(ふくくうきょう)を使って
西日本
腹腔(ふくくう)鏡手術を受けたと発表
腹腔(ふくくう)鏡による胃全摘出手術を行い
デイリースポーツ
腹腔鏡による胃全摘出術をうけた
腹腔(ふくくう)鏡手術を受け
スポーツニッポン
腹腔(ふくくう)鏡(内視鏡の一種)を使用したもので
中日スポーツ
腹腔(ふくくう)鏡による胃全摘出手術を行い
岩手日報
腫瘍(しゅよう)の全摘手術(腹腔(ふくくう)鏡による全摘手術)を受け
神戸
腹腔(ふくくう)鏡により
サンスポ
腹腔(ふくくう)鏡による胃の全摘出手術を受けた
TBS「朝ズバ!」みのもんた
驚異のフククウキョウ手術
TBS「朝ズバ!」女性アナウンサー
フククウキョウ手術
北島政樹慶応病院外科部長(王監督の主治医)
フククウキョウ手術
フジテレビ『とくダネ!」
「腹腔鏡手術」に「ふくくうきょうしゅじゅつ」とルビ
フジテレビ『とくダネ!」笠井信輔アナウンサー
フククウキョウ手術


TBS「朝ズバ!」竹内香苗アナウンサー
フックウキョウ手術
mainichi-msn
腹腔(ふっくう)鏡による胃の全摘手術を受けた
テレビ朝日「報道STATION」男性ナレーター
フックウキョウ
井上毅一井上外科胃腸科医院院長
フックウキョウ手術というのは
テレビ朝日・報道STATION・古舘伊知郎
フックウキョウによる手術ですから
フジテレビ『とくダネ!」笠井信輔アナウンサー
フックウキョウ手術


産経
腹腔(ふくこう)鏡による胃全摘出術を実施した
秋田魁新報
右脇腹などを撃たれたことによる腹腔(ふくこう)内出血と判明した
毎日放送テレビ「MBSニュース』(24時ころ)松川浩子アナウンサー
フクコウ内出血


毎日放送「朝ズバ!」内のローカルニュース・千葉猛アナウンサー
フッコウ内


同一人が2種類の発声をしているケースもありますが、こうして整理してみますと、「ふくくう」派が圧倒的多数です。

正しく「ふくこう」とするものが少数であることに驚かされます。

おなじ「空」というパーツがある文字の「控訴」や「控除」はコウと読んでいるのに、おかしなことですね。
ニックネーム torokko at 09:07| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

2006年07月20日

どうして普通の読みかたをしないの?

ドクターは口腔、胸腔、腹腔をそれぞれコウクウ、キョウクウ、フククウといいます。なぜなのでしょうか。

試験に勝ち残ってきたのですから記憶力はいいはずです。記憶力がよくなければ読んだ文献や経験を症状から原因をつきとめることに生かすことができませんからね。ですから、「腔」に「クウ」の読みがないことくらいは知っているはずです。

診療記録用紙のことをカルテとよび、記入する文字も読めないヨコ文字。ドイツ語は知りませんが、あれは英語ではシートであってカードとはいいませんよ。一般人とはちがうのだぞ、という姿勢のあらわれなのでしょうか。

その影響でしょうか、歯科衛生関係商品でコウクウという発声をするテレビCMもさかんに放送されております。

「腹部の切開を1〜2センチと最小限に抑える腹腔(ふくくう)鏡下胃切除手術」(http://topics.sports.livedoor.com/article/detail-3639474.html

これは livedoor NEWS に掲載されていた「スポニチ」の記事にあったものです。新聞でもクウなのですね。

腔腸動物をコウチョウドウブツと読んでバッテンをつけられる子たちがかわいそうです。

日本語を乱さないでくださいな。

カルテに記入する文字を日本語にするドクターもあらわれているそうです。口腔をコウコウと正しくいうドクターもいらっしゃいます。

他人事(ひとごと)ではありませんよ、法曹界のかたがた。

法律だけに使われる読みかたというのもいろいろあるようですね。図書と絵画という意味なのでしょうか図画がトガですし、競売をケイバイといいますし、一般にわかる読みかたをしてもらいたいものです。
ニックネーム torokko at 18:14| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

これっぽっち

先日、テレビを見ていたら、「これっぽちも思っていない」というセリフを女優が発していた。椅子に坐ったまま、手はテーブルよりも下においたままだ。

こういう場面はよく見かける。よくあるセリフだが、以前はこうではなかった。動作がともなっていたのだ。

もともとは《少しも思っていない》だろう。気の利いた表現として《小指の先ほども思っていない》といったように小さいものを比較対象にした言いかたもしていた。

だれかが《小指の先ほども思っていない》と言うかわりに、気の利いた表現として、親指の爪先で小指のさきの方をおさえ、はじきながら、これっぽっちも思っていない、と言ったのがはじまりではないかと推測できる。

動作をともなわずにコトバだけで「これっぽっち」と言われても、「これ」がゾウの耳なのか、木星なのか、わからない。もっとも、「ぽっち」がついているため、大きくはないことはわかるので、意味は通じるのだ。

「これ」を示せないのなら、米粒ほども、とか、ゴマの先っぽほども、とか、グラニュー糖のひと粒ほども、とか、中間子ほども、とか、なにか比喩の対象を提示しましょうや。
ニックネーム torokko at 09:26| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

2006年07月19日

に と へ

「発売」というのは販売をはじめる、売り出す、という意味ですね。

「(ときをあらわす語)から」という格助詞は始期をあらわしていますね。

ですから、「20日から発売」ですと、厳密には、20日に販売を開始、21日にも販売を開始、22日にも販売を開始、毎日毎日開始です。おかしいですね。「20日に発売」でしたら明確です。21日は販売中ということです。

《週刊◯◯は あした発売でーす》とは言っておりましたが、《あしたから発売でーす》とは決して言ってはいませんでした。

むかしむかしは映画の撮影機にモーターがついておらず、クルマをジャッキアップするときに使うハンドルのようなクランクをまわして駆動させておりました。映画の撮影の初日にこのクランクをまわしはじめることから撮影にはいることを「クランクイン」というのはご存じでしょう。ですから、《20日からクランクイン》というのはおかしなことになります。クランクインは1回きりなのですから。

同様に《暦の上では明日から立冬です》もおかしな言いかたです。


「〜に」と「〜へ」との区別がついていないむきも多くいらっしゃるようです。

単純にいって、助詞の「に」は特定の時・所・方角などをあらわし、「へ」は方向をあらわしています。

福岡に行く》と《福岡へ行く》とは意味がちがうのですね。前者は福岡という場所が目的地であるのに対し、後者は福岡の方向に行くことをいっているだけで目的地には言及していないわけです。

英語でしたら、to と for の使いかたを教えられ、シカゴに行くというときに for Chikago とすれば×をつけられましたよね。「国語」の授業ではこういうことを教えてもらってはおりません。外国語では教えているのに、どうして日本語では教えないのでしょうね。

《あいだに挟まれた乗用車へ乗っていた○○は》は方向ではありませんが、《乗用車「に」》とすべきですね。



日本語は厳密にかける言葉なのです。「厳密に欠ける」ではありません。この場合は「厳密性にかける」「厳密性に欠ける」と「性」を加えるべきでしょう。「厳密にかける」なれば「書ける」です。

日本語は厳密に書けるコトバなのですが、いい加減に書こうとすれば、それも可能という、なんとも融通無碍なコトバです。

他人(ひと)に伝える文章では厳密に書いた方がいいでしょうね。
ニックネーム torokko at 22:08| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

語尾の音引き

《「モーター」か「モータ」か》という問題が半世紀前頃から取りあげられている。語尾の音引きをつけるか・つけないかということだ。

《ブラウザ又はプレイヤーは、対象外です》(──政府インターネットテレビ

どうしてブラウザーがブラウザで、プレイヤーはプレイヤーなのか。音引きをつけるのか、つけないのか、統一してもらいたいものだ。新聞ではブラウザー、プレーヤー(プレイヤーではない)だ。

いまは語尾の音引きをまったく書かない傾向がある。とくに技術畠のひとの文章に顕著だ。

自分のグループ内ではじめたことなのだが、広がった。ということを書いている書籍を読んだことがある。(自宅内の本だが、どの本であったのかが思いだせないでいる)

そのグループでは、語尾が er、or、ar、y になっている語をカタカナで書きあらわすときに音引きをつけないようにする、というものであったそうな。それ以外の語については音引きをつけていたということだ。

そりゃそうだろう。new をニュと書いたのではわかりにくいし、cue をキュと書いてもわからない。Orlando をオーランドと書いてもわからない。オーランドーと書いてはじめてディズニーワールドのある街だとわかる。

シュークリームの皮のことを書き「種の起原」をもじって「シューの起源」としても、これが「シュの起源」と書かれるとわけがわからなくなる。


なんでもかでも語尾にくる音引きを取りさっているのが昨今の傾向だ(新聞をのぞく)。ところが徹底されているわけではない。つける・つけないが恣意的で、書き手によって表記がまちまちなのだ。

日本語の正書法が確立していないことが要因だ。とはいえ、正書法の確立は現状ではまず無理であろうから、混在がつづくことになろう。区別がつきにくい場合のみ表記を変えるということになるだろう。
ニックネーム torokko at 08:19| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

2006年07月18日

産経の「主張」に異議あり

産經新聞の「主張」に“漢字でしゃべっておられる方”がいらっしゃるらしい。

──iza!──〈【主張】読み書きの課題 漢字力が育てる読書好き〉
──iza!──〈【主張】国語力再生 漢字制限の見直しが急務〉

基本的に
漢字は中国の字で、

(1) 輸入時に音よみは日本語の音にしてしまったということ
(2) 意味のにている漢字に日本のことばをあてはめたということ

が なされた。

同音異義語は(1)が原因であり、同音異義語の区別ができないから漢字をつかうというのは本末顛倒である。

中国語の母音と子音の種類は日本語よりも多いし、アクセントも変化にとんでいるので日本語で混乱するほどには混乱はない。漢語を日本語におきかえる努力が必要だろう。

漢字の音よみが50音にちらばっているわけではないことも同音異義語の大量生産につながっているようだ。国語辞典をみればわかるが、特定のオトのところのページが分厚い。

また、翻訳語など、新規に語をつくるときには漢字をくみあわせた語をつくるのをやめ、和語でつくることを考えた方がいい。漢字をくみあわせてことばをつくることにより、本来の日本語がうしなわれていったという面も否定できまい。


(2)により、意味によって文字をかきわけるようになった。

このことの弊害はおおきい。語彙力を貧困化する要因になっている。

たとえば、「聴いた」と かく とき、本人は「じっくり と きいた」と いう つもりで 「聴」と いう 文字を つかった と しよう。これが はなし ことば で あった とき と か、点字に翻訳された とき、「キイタ」と いう ことば が「聴いた」なのか「聞いた」なのか わから ない。かきて の かんがえ が つたわら ない のだ。

豊富な語彙をもっておれば、「みみ を かたむけた」とか「じっくりと きいた」とか「みみ に 意識を 集中させて きいた」とか「みみ を そばだて て きいた」の ように かく こと に よって かきて の いいたい こと が はっきり と つたわる のだ。

おくりがなの問題も(2)から生じている。活用語尾をおくるという原則では「止る」が「とまる」なのか「とどまる」なのかが区別できない。昭和48年の内閣告示で修正され、「止」の訓よみは「と」だけになり、「とどまる」「やめる」はかながきすることになった。そして、「行った」が「いった」なのか「おこなった」なのかが区別できなくなつた。それで、本則にくわえて、許容という曖昧さが、それこそ許容されてしまい、「おこなった」は「行った」でも「行なった」でもよいことになってしまった。



元来、ことばはオトであった。耳できいてわかるものであった。オトがさきにあり、文字はあとからつくられたものだ。いまでも、ほとんどのコミュニケイションはオトをとおしてなされている。筆談をするのはチャットのときくらいだ。

赤ん坊がことばをおぼえるのもオトからはいるのである。

オトでおぼえた語彙が豊富であれば、早急をソウキュウと読んだり、垂涎をスイエンと読むひともいまほど多くはなかったであろう。


英語やフランス語などおおくの言語は語単位で わかちがき をしているが、中国語は1文字1文字が語であるので文字の連続それ自体が わかちがき である。

日本語は、中国語を そのまま うけ いれて しまった が ため に、わかち がき を しない 習慣に なって しまった。

わかちがき を して おれ ば、かな が つづい て いて も よみ にくく は ない。はじめて 遭遇 した とき に とまどう の は、なれて いない から だ。なれれ ば どうって こと は ない。

学校での日本語教育においては、英語教育で前置詞のつかいわけやコロン、セミコロン、カンマのつかいかたを教えるがごとく、助詞のつかいわけや、読点の使用法をきちんと教え、日本語を、厳密に、使えるようにするべきだと考える。

漢字を大量に使いたいとお考えの面々がよくいわれることに「漱石、鴎外の作品が原文では読めまい」ということがある。そういうかたがたは「源氏物語」や「枕草子」などを原文でお読みになられるんでしょうねえ。うらやましいことです。

ルビを活用するということには賛成だ。地名、人名など、知らなければ読めない文字には積極的にルビをつけてもらいたい。こうべ、かんべ、ごうど、全部が神戸だ。かしわら、かいばら、どちらも柏原だ。なかがいち、なかがいと、どちらも中垣内サンだ。すみだ、かくだ、つのだ、どれも角田サンだ。日本人が日本語を読めないといわれて笑われるのもこういうケースだ。

また、執筆者が手で書けない漢字は使わないようにしようではないか。かな漢字変換のおかげで書けない漢字でも使用できるので、表外漢字が頻繁に使用せられる傾向がある。大抵のひとは読めないので、適当に読んでしまう。これが誤用を生む。

漢字の部品におなじ形状のものがあるからといっても、おなじ音読みをするとはかぎらないことも知っておく必要がある。さきにあげた「垂涎」の「涎」には「延」という部品があるがエンとは読まない。「漏洩」の「洩」には「曳」という部品があるがエイではない。

「集る」をなんと読むかという問題がテレビ番組で出題された。「集まる」であれば「あつまる」だ。表外訓で読んで「たかる」だ。

このような「あて字」の知識をふやすよりも、もっと大事なのは「たかる」という日本語の語彙と意味を知ることだ。

漢字という中国からの輸入文字の知識をふやすよりも、もともとの日本語の知識をふやす方に力を割こうではないか。失礼、ちから を さこう では ないか。
ニックネーム torokko at 18:41| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

心からウロコが

ある出版物の広告に、「読者からの反響続々!」として「30歳・男性」の感想が引用されていました。

そこには。「心からウロコがボロボロ落ちた」と書いてありました。心からウロコが落ちるとはどういうことでしょう。いいたいことは分かりますがね。

ウロコが目についているとぼやけてはっきりとは見られません。そのウロコが落ちたら視界が明るくなってクリヤに見ることができるのですよ。「心のウロコ」ではわけがわかりません。「心が洗われる思いがした」とか「心の曇りがはれた」とかいった意味なのだろうと想像できます。

自分で書いたものを後日読みなおしてアッと思わせられることもしばしば経験しております。気の利いた表現をしようと思ったときにはちょっとでいいから考えなければいけませんね。
ニックネーム torokko at 08:56| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

2006年07月17日

みとうもない

信号で停車したときにふと横を見るととなりのクルマのなかで化粧にはげんでいる女性がいる。リヤビューミラーを動かさずにやっているものだから身をのりだしている。苦しくはないんでしょうか。信号でとまるたびに化粧をしているんでしょうね。

電車のなかでもたびたび見かけます。みぐるしいものです。

日本だけの現象ではないのですよ。

ハワイのレストランで見たのですが、黒人ねえちゃんがテーブルについたままで、片手に持った小さな鏡にむかって爪楊枝を使っていたのです。観察したところ、どうやら歯と歯のあいだと歯と歯茎のあいだを掃除しているようです。のちにワシントンDCに住んでいる米人の友人に話したところ驚いていましたから稀な例かと思いますが、アメリカでもあるんですね。

それはさておき

《最初に触れた「駅の構内での化粧」等も、確かにみっとも良い行為ではないと自分も思う。》
 (──とある有名文化人のブログから)

《みっとも》が良いとはどういうことなのでしょうか。「みっとも」などというコトバはありませんよ。

「みとうもない」(見たくもない)が転じて「みっともない」「みともない」になったことばですから、《みっとも良い》という言いかたができるわけないですね。


電車内で化粧をする女性 とかけて
貧乏なキャチャーと解く
そのこころは
みっともない
(笑点の前身である「金曜夜席」でやっていたものをもじりました)
ニックネーム torokko at 20:34| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

出る杭は打たれる

「出る釘は打たれる」をまちがいだとしたことわざの本があった。びっくりした。図書館でことわざの本にあたってみた。ほかに「釘」を間違いだとした本はみあたらなかった。

けれども見出しは、講談社の「日本語大辞典第2版」が併記している以外、見た辞書すべてが「杭」だ。

なかには、このことわざの出典を記載している複数の本があった。出典が「釘」であるのになぜに「杭」が主流になってしまったのか。

だいたいが、地面に打ちつけられた杭は出てくるのか。

古い寺に行くと回廊の床を打ちつけた釘のあたまが浮いて出ていることがある。木に打ちつけられた釘は時間の経過とともに出てくるのですよ。出てきた釘はあぶないから打ち込まれるんだよ。だから原典の中国語でも「釘」なのだ。「出る釘は打たれる」は間違いどころか、もともとの言いかたなんだよ。
ニックネーム torokko at 10:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

2006年07月16日

紐解いてウッフン

きものを着るときに帯の下に細い紐あるいは幅のせまい帯を巻くのが一般的ですね。ことに女性は下紐(したひも)を巻かなければきものは着られないのではないでしょうか。わたしは下紐を巻くことはしません。じかにおびを巻いて結んでおります。それでも“ゆるむ”ということはありません。

下紐と書きましたが下帯(したおび)ともいうようです。ただ、下帯といいますと、どうも、ふんどし、六尺を連想してしまいます。それで“下紐”を使います。

この下紐を解きますと、なんとも、ウッフンな状況になるわけでございます。



《それは過去の大相撲の結果を紐解けばすぐにわかるだろう》

「ひもとく」を《紐解く》と表記なさっておられるものを目にすることが多うございます。ところが「ひもとく」を《紐解く》と表記しますと意味がまったく変わってしまうのです。

広辞苑をひいてみましょう。
紐解く:(1)下紐を解く。(2) 蕾(つぼみ)が開く。ほころびる。
なんと、下紐を解くことなのですよ。ウッフンな状況になることなのですよ。
繙く:書物の帙(ちつ)の紐を解く。書物をひらいて読む。
こちらの方ですね。

(なお、日本語大辞典には「紐解く」は掲載されておりませんでした。「下紐解く」は掲載されております)
ニックネーム torokko at 20:50| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

払ってあげましょう

《このソフトはフリーウェアです。もし、あなたが気に入りましたら、作者まで応援のメールをおくってあげましょう》

《なお、このソフトはシェアウェア(2,000円)です。あなたが気に入りましたら、作者にお金を払ってあげましょう》

わたしには、どうにもひっかかる表現です。

どうひっかかるのかと申しますと、書き手と「作者」の関係なのです。書き手が作者を見下しているように感じてしまいます。

“イヌにえさをあげる”といった言いかたがはびこっていますので、そんな傾向におかされたのでしょうか。

“イヌにえさをやる”のように書きかえてみます。

《あなたが気にいりましたら、作者まで応援のメールをおくってやりましょう》

えらそうに感じます。

これを《おくってさしあげましょう》と変えても、やはり、見下した感じがします。

《応援のメールを送りましょう》
《作者に料金を払いましょう》
ではいけないのですかねえ。
ニックネーム torokko at 09:13| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

2006年07月15日

もうしわけない

《いさぎが よい》と言うひとがいます。
《いさぎが わるい》と言うひとがいます。
イサキという魚は存在しますが、よい、わるい、と言われるイサギなるものとは なにものでしょうか。不祥事が発覚したときの態度のことと解釈しているように感じます。

「いさぎよい」というコトバがさきにあったのですが、これを「潔い」と外国の字を借りてきて書けばはっきりします。


《も〜しゃけない》というコトバを連発していたのは『上を向いて歩こう』を歌った坂本九でした。ついにはコントのオチにまで使われておりました。『パラキンと九ちゃん 申し訳ない野郎たち』という1962年の松竹映画もあります。

《もうしわけございません》《もうしわけありません》
不祥事が発覚する都度、たびたび聞かされるコトバです。テレビのコマーシャルにも使われております。

「もうしわけ」は「いいわけ」の謙譲語なのですが、《もうしわけない》では丁寧ではないと感じているのでしょうね。「かたちだけ」の意味あいで《もうしわけ程度》といいますから、その連想で“軽い”と感じているのかもしれません。

丁寧に言うと《もうしわけないことでございます》になります。「ない」がつくと丁寧さが足りないと感じるのであれば《もうしわけのうございます》。「もうしわけ」という名詞を使って《もうしわけの しようがございません》。すこし度合いを下げて《もうしわけのしようがありません》《いいわけのしようがありません》《もうしひらきのしようがありません》。どれをとっても、ちーっとばかり口から出しにくい言いかたです。それで《もうしわけございません》がさかんに使用されているのでしょう。

どちらにせよ、あやまるのであれば、「ごめんなさい」「すみません」と直截に言った方がいいのではないかと思います。

《滅相もない》もおなじカタチですね。《滅相もございません》と使われることがありますが、同様にまちがいです。

《いさぎよい》に似たカタチでは《かたじけない》《とんでもない》があります。

《かたじけない》(江戸落語では「かっちけねえ」という言いかたが聞かれます)もおなじですね。外国の文字で書けば「忝い」で、《かたじけありません》《かたじけがありません》とは言いません。《かたじけございます》とも言いません。これは《かたじけのうございます》です。
ニックネーム torokko at 12:25| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

魅力

「この順番も魅力が深いですね」

タイガース監督へのインタビューで、
打順についての取材記者の発言。

魅力がある、魅力をたた(湛)える、魅力をただよ(漂)わせる、
という言いかたはするが、
魅力が深い、というのは聞いたことがないし、
違和感をおぼえるいいかただ。

インタビューのこの状況では、魅力がありますね、魅力的ですね、魅力ありますね、くらいが適当でしょう。あるいは順番を変えて、魅力的な打順ですね、かな。
ニックネーム torokko at 06:14| Comment(0) | TrackBack(0) | ことば